第二五一稿(GSX-R1100エンジン降ろしと筋肉について) - スポンサー広告二輪夜話・パリパリ伝説(FFMC)

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第二五一稿(GSX-R1100エンジン降ろしと筋肉について)

2013-14の年末年始の頃。もう三年も経ってしまった。

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奥に鎮座するのが事故直後の初号機。
以来、二度と穴倉から出てくることはなかった。
手前が二号機のベース車。


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三年かかってようやくこの状態に。一号機です。
我が家の地下牢はせまい上、使わぬ家財道具なども入れざるを得ないので、かなりキツイ。
二台はギリギリなんとか入れられる。
とは言え、少しずつばらして処分しないと場所がないし、
それになにより心が重くなってしまう。

「バイク一台にホテル暮らし」が本来理想なのだ。

でも半流浪の身ながら家庭・暮らし的なものをここ数年構築してきて
それはそれで幸せであったようだ。
思えば古典的モデルに従えば、近代以降いわゆる先進国と呼ばれる地域においては
青年時代というものの拡大があって、若者はそれなりに自由を謳歌することもできる。
とは言え、どこかで腰を落ち着ける、というような概念も相変わらずかなり健在だろう。
もともと持てるものや、引き継げるリソースの有無が大幅に影響を与えるのも事実だ。
世界各地に拠点を持てる、なんてそうとう限られた階級の人間でないと無理なこと。

だからホテル暮らしなんてとてもじゃないけれどできないし、公団の住宅に侘び住まいさせて貰ってるのだ。
自分の力一つなんかでとても生きてなんかいけない。

ところで昨年間丸一年鬱病になってしまったかのようだったエリックが復活した。
これは良いニュースだ。
何故かわからないが妙に元気だし、もしかすると躁鬱的気質なのかも知れない。
いずれにしても、さっそく(自転車で)やってきてエンジンを降ろしてしまった。
同じく1100に乗る共通の友人のフレームの一部にひびが入ったと言うのだ。
(それも凄い話だ。どんな乗り方をしてるんだろう。)
そこでエンジン降ろしを手伝って貰う代わりにパーツを提供することにしたわけだ。
私の二号機のフレームにひびが入るとは思えないし、仮にそんなことになっても奴の田舎のガレージにはまだフレームが余ってる。
世界で愛されるスズキなのだ。

20170228_200928.jpg

毎回思うのだけれど、健康は大事だ。
物凄い力技であっと言う間にバラバラになってしまった。
固着してそうなボルト達が軒並みカキーンカキーンと言いながら折伏されていく。
これだからアルミフレームは好きなんだ、とご機嫌な荒法師たち。

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それでも後部のエンジンマウントはイカなかった。
仕方がないのでプレートごと外して見なかったことに。
お蔭で身代わりに台車が派手に逝ってしまう。恐るべし荒法師パワー。
確かにそんな時足技は有効なのだけど、今回に限ってはマウントの方が強かったようだ。
エンジン自体は加減速の度に後ろに引っ張られるのだから、マウントボルトが油冷パワーで恐らく歪んでるのだろう。

奴がK100RSのエンジンを一人で載せ替えしたのは知っていたけれど、
(腰にタイダウンをしてやるそうだ…と言うよりなぜそんなに頻繁にエンジンを載せ替えるのか?謎だ。)
油冷エンジンも、階段ではなく梯子で降りるような地下に二人で降ろした、というのは知らなかったし
いわゆる中年男の武勇伝の一つでしかないとは言え、内心舌を巻いてしまう。
その地下は私も知ってるのだけど、手ぶらで降りるのも決して簡単ではないのだ。
個人的には絶対に手伝いたくないし、その後どうやって出したのかは怖くて聞かないことにした。

とにかく、大友克洋がAKIRAとかで好んで語るような「健康優良不良少年」を思わずにいられない(中年だが)。
筋肉はやっぱり偉大なのかも知れないと思う。
単純に活動範囲が増えるし、できることも多くなる。
だからその分は、心は自由になるだろう。
人に強いることはできないけれど、自らの分は増やした方が良かろうと思う。
腕立て伏せを毎日することにした。
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