第二四七稿(Dunhill Shell Briar LB F/T 1960、あるいはロシアより来たる向日葵のブロンズの種)
ロシアからやってくるのだ。
地理的にはさほど遠いわけでもないのに(いや、内部が広大だからそんなこともないのか)、サント・ペテルブルグに到着したのを最後にプツリと情報が途絶えてしまった。ロシアポストのサイトで、Awaiting release from Russia と表示されてから二週間ほどは全く動きがない。
別にロシアを疑うわけではない。ただ通常は関税等の関係でできるだけEU圏内から買うようにしているし、またその方が配送も早ければ万一の際にも融通がきく。やはり安心なのだ。
今回はたまたまどうしても譲り受けたい個体がロシアにいて、仕方がなかった。価格も高かったが仕方がない。
関税猶予の限度額を軽く超えてるがこれも仕方がない。もともと北の大地にはわけもなく心情的に惹かれてしまうのもあって、やはり仕方がない。
そう、なにもかもが仕方がないのだ。
戦争に駆り出され負傷したからといって、故国においてきた新婚の妻(ソフィア・ローレン)を即座に忘れ、さっさとロシア娘とできてしまった「マストロヤンニ※の如くに仕方がない」のだ。
※映画「ひまわり」を参照のこと。
ところで件のロシアの出品者は大変優しい男だった。「ロシアは圏外だから関税がかかるんだ」との口実の下、繰り返すしつこい値引き交渉にも寛大に対処してくれ、挙句の果てには私を同朋呼ばわりしてくる。これにはついホロリときて、返す言葉につい「タワーリシチ(同志)よ!」と入れそうになった。
とは言えかつて、ロシアから来ていた女学生に冗談で言ったら、冗談で(あるいは本気で)嫌がられた経験があったので、やめておいたのだが。この出品者だって元KGBではない、という保証もないし賢明な判断だったと思う。
郵便の件でも諸々対応してくれ、そして実際彼の言う通りの日程で最終的には無事に届いた。
一か月程かかったか。
「保険があるから値段は正確に申告せねばならないのだが」、と言っていた割にはインボイスには僅か20ドルとの記載。つまり万一紛失の際には差額分被るつもりということだ。
梱包も掃除も完璧で、質の良いモールを一束おまけに寄越してきた。
私をなぜか○○さんとさん付けで呼ぶ(なぜ日本人だと分かったのだろう?そうかやはりKGB)腹の減ってないクマのように優しい男だった。

Dunhill Shell Briar LB F/T 1960.
程度は極上と言って良いと思う。
なにより写真の時点で木肌が素晴らしく、かなり逡巡したが抗えなかった。

パテント期だったりDRだったりするわけではないので決してべら棒な価格ではないものの
本人的には予算を大幅に超えて迷うレベル。関税を払うのも嫌だ。新品のダンヒル(の安いヤツ)が買える位か。
なんにしても手持ちの中では最も高価なのは事実。
前回トップの状態が悪くがっかりしていたけれど、

申し分ないと思う。内部も完全で厚みもしっかりある。
ちなみにパイプに関わらず内側のフチが弱いので、私のように気にする場合は一杯まで詰めないのが良いと思う。
もっともこれは巨大なボウルなので一杯にするにはフレイク二枚は必要だろう。
そこまで入れることもなかろうから、あまり心配はないだろう。

個人的な好みに過ぎないけれどフィッシュ・テールが好み。
ステム自体が巨大なので、ノーマルと殆ど変わらない位だけれど、
それでもわずかにひらりと広がる裾がそこはかとなく可憐な気さえする。これで魚のつもりなのだ。
エボナイトの変色が僅かに残っているが、削り過ぎるとシェイプをスポイルしてしまうのを学んだので自重している。
本当は磨き倒したいのでそれは辛いのだ。
とはいえ黒に僅かにオリーブドラブの斜がかかるのもなにか軍用のようでこれも男子心的には悪くない気もする。

巨大。並べて見るとちょっと驚くくらいだ。
大きくて見栄えがする、というのは確かに時折心を打つ。巨大な宮殿や聖堂と同じようなものだ。
牛久大仏だってあそこまで大きくなければただの凡人(凡仏)に過ぎない。
大きな腕時計やら車やらととかくパワーゲームに陥りがちだから、個人的には濫用を戒めるのだけれど、今回は「仕方がない」。
目を瞑ろう。そして静かに木肌に触れるのだ。

なぜかはわからないが、奇妙なほど金属を想わせる。
あたかも重厚な銅の鋳物でできているかのようだ。同時に造形は高度に有機的で艶めかしい。
重さも相まって一種不思議な弾丸のようにも思えるし、また宇宙的生物感さえある。
本来はついシェラックで艶だしをしたくなるところだけど、これは不思議な生艶があって是非このままが良いと思う。
ワックスで光っているわけではないのだ。
そして自分の側からみれば、

クモノスが奇怪なようすでまた琴線に触れる。
一体これは木なのか金属なのか貝なのか砂なのか蜘蛛なのか。
おそらくそのどれでもであるのだろう。
そのいずれもが各所に思いを馳せさせるし、いちいち何らかの物語を語り得る表象となって心を遊ばせてくれる。
パイプというエッセンスを纏う遥か以前から、世界に実在する諸々のナニカ。
もとをただせばただの木塊とゴムと硫黄の化合物に過ぎぬものが、形を得てのち57年後、
北の大地からはるばるやってくるということが、こうかくも面白いのだ。
(これから吸って)
そしてまだ続くようです。
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