第二三九稿(ダンヒルvsカステロ、その二/世界のダンヒル)
・第二三四稿(ダンヒルvsカステロ、その一)
前回調子に乗って「ゴジラvsモスラ」的な二項対立にてぶち上げたものの
(このようなやり方は確かに人目を引くしわかりやすい)
実際にはなかなか実りある続きを書けるような気は果てしなくしなくなってきています。
何しろ経験・知識共に足りないのだ。
これでは、よくある頭でっかちに立派な序論を書いたは良いものの
説得力のあるデータが足りずに、尻すぼみに終わってしまういかにもダメな論文的なようなものの気がする。
ダンヒル・ナミキの新作(2016)。美にも価格にも驚く。普通の箱入りのコレクションより一桁多い。
ちなみにナミキとは、現PILOTの前身。蒔絵の高級万年筆もずっと作ってる。
ダンヒルとの繋がりは1920年代まで遡る。
付属の本はナミキ万年筆のコレクター、Jean-François Cantonによるもの
「儚きものの、その痛烈な美 (La beauté poignante des choses fragiles)」。
作家などではなく金融系の人で、本だけで400ユーロもする。
あまり形式ばらずそれでも敢えて言うならば、
ダンヒルは(もしかすると凄く)格好いい。
(あるいは超ダサくて醜い。)
理由はこうだ。
つまり一世紀以上に渡って男子の高級装身具(それも「英国紳士」の、つまりヴィクトリア朝の大英帝国の、
つまり人類が農耕を始めて以来存在する富の蓄積とその偏在がついに世界規模となり
その「余剰」の向かう先の当時の最終地点の)を引き受けてきたブランドとは
言うなればトップ中のトップなのであり、またその地位にいまだ揺るぎがない。
なぜならばそれを必要とする層がいつもいるからで、平たく言えば立身出世したい男達とは世界中にいつでもいる。
公式サイト等覗いて見れば、サイト自体いかにも作りの良さそうな、それでいて派手過ぎず
「英国紳士」然とした装いで、なにやかやと商品を載せているけれど、
(①驚くべきはその多国語化の徹底さかと。
中国語日本語はもちろんのこと、部分的ではあるもののアラビア語や
目下大いにお得意さんであろうロシア語などはしっかり押さえてる。韓国語版もある。
反面面白いのが、ドイツ版は英語で押し通してるし、スペインも同様。仏語と伊語はきちんと訳してある。
北欧系の諸言語なんかは全然考慮に入れず
その他、台湾は英語表記だったり、香港版は中国本土と別にあったりと興味深い。
またアフリカはフランス語圏であっても全部英語だ。仏語版は別に作ってるのだから、技術的な問題ではないはずだ。

明らかに湾岸諸国の顧客を狙い撃ち。
伝統的なクーフィーヤに合わせるサングラスはダンヒルだったのか。
②ちなみに喫煙具の存在には一切触れてない。圧力があるか、それを避けるためかは不明。
③上記について、ウェブサイトはThe White Spotと称して喫煙具関連を別にしている。
会社組織的には2016年時点ではあくまでAlfred Dunhill, Ltd.として同一のようだ。 )
勿論これを見て恰好いいと思うかどうかは人それぞれだ。
分かりやすい分類としては、本当にクラスの人々は実はあまりこだわらず
その下の中間層、それも上を向けば手が届くかもと思える階層がブランドものを欲しがる。
ある程度はその通りなのだと思う。
こちらでも、好んでブランドものをもつ人達という先入観があるとすれば
(そしてあえて乱暴にカテゴライズしてしまうのであれば)
移民系だけれど成功してお金持ちになった人達、というのは筆頭にあがるだろう。
その他郊外のシテに徘徊するラップを好むような連中は、新宿に揺蕩うホスト達と同じく
これまた高級ブランドと親和性があったりする。
ともあれ、いずれにしても、男性原理と言うか上昇志向と言うか
うつし世でステイタスを求めるのならば選ばねばならぬ道であり
そこを通らぬのならば、それはそれで何かしらの理由が要る。
そういった存在の一つなのだと思う。
ステイタスを求めない、という道ももちろんあるし、そもそも知らない、なんてことも
あり得るけれど、少しでも仕事がしたい、とか認められたい、とか
強くなりたい、お金が欲しい、家族を守りたい等々世の男性原理のメインストリームから全くフリーで
ない限り、なかなか完全に避けて通るのは難しい。
それに本人が気にせずとも周囲は気にしてしまう。
なにせ世界規模で既に展開されてしまってるのだ。
パイプを少しでも学べば、知らないではなかなか済まされない。
あるいは、霞を喰らって歌を詠みひとり詩仙となるか―
聖職者の世界も結構厳しい、彼らは一種の軍人なのだし
(「ダンヒルを貰って大喜びする神父」さんの動画をYoutubeで見た事がある、面白かった。)
なかなか「戦い」とは無縁に生きられないのが私達哉。
さて、私自身はと言えば、当初は知らんぷりをしていたけれど
近頃とんと覇気がなく、とりわけ家庭を持ってからというものの「人生の意味がわからぬ」、
なんてバカな事を思うようになってしまった。
遅すぎる第二の青春か、と間抜けなつっこみを入れたくなるけれど
それでもその実あまり笑えない。
要は、フロンティアを見出しあぐねてるのだ。
したがって、パイプのことをやる限りダンヒルは持たねばならない。
古いものの味がどうの、というのはわからない。
でも、恰好はつけねばならない。
つくかどうかはともかくとして。

本題に戻れば、カステロがその対抗馬となるかどうかはわからないのだけど
質・量および価格帯や市場をつらつらと見るに、それなりのものがあるようです。
ただし、その同国兄弟の「高級なイタリア車」があくまで華美な飾り物で戦利品であるのと同じように
古典でメインとはなり得ず、畢竟刺身のつまにしかならぬような気はする。
素晴らしいけれど、でもダンヒルの世界戦略を思えば、とるに足りないのではないか―
若し、私には関係がない、と言えば関係がない。
でも裏ではすべて繋がってる。
ビンテージを愛でるのも、一種曲折した、でも上手いやり方かなとも思う。
いずれわかるでしょう。
問題は、あまりに数が多く、かつオークション形式で出てるものが多いのでなかなかとらえきれないことでしょうか。
形のヴァリエーションももの凄い。
個人的には一目惚れしてしまった一品があったのだけれど既に出払っていたので
同じものに巡り合うまで待たねばならないかも知れない。
そうこうしているうちに、カステロをひとつ買ってしまった。
続くかも知れません。
前回調子に乗って「ゴジラvsモスラ」的な二項対立にてぶち上げたものの
(このようなやり方は確かに人目を引くしわかりやすい)
実際にはなかなか実りある続きを書けるような気は果てしなくしなくなってきています。
何しろ経験・知識共に足りないのだ。
これでは、よくある頭でっかちに立派な序論を書いたは良いものの
説得力のあるデータが足りずに、尻すぼみに終わってしまういかにもダメな論文的なようなものの気がする。
ダンヒル・ナミキの新作(2016)。美にも価格にも驚く。普通の箱入りのコレクションより一桁多い。
ちなみにナミキとは、現PILOTの前身。蒔絵の高級万年筆もずっと作ってる。
ダンヒルとの繋がりは1920年代まで遡る。
付属の本はナミキ万年筆のコレクター、Jean-François Cantonによるもの
「儚きものの、その痛烈な美 (La beauté poignante des choses fragiles)」。
作家などではなく金融系の人で、本だけで400ユーロもする。
あまり形式ばらずそれでも敢えて言うならば、
ダンヒルは(もしかすると凄く)格好いい。
(あるいは超ダサくて醜い。)
理由はこうだ。
つまり一世紀以上に渡って男子の高級装身具(それも「英国紳士」の、つまりヴィクトリア朝の大英帝国の、
つまり人類が農耕を始めて以来存在する富の蓄積とその偏在がついに世界規模となり
その「余剰」の向かう先の当時の最終地点の)を引き受けてきたブランドとは
言うなればトップ中のトップなのであり、またその地位にいまだ揺るぎがない。
なぜならばそれを必要とする層がいつもいるからで、平たく言えば立身出世したい男達とは世界中にいつでもいる。
公式サイト等覗いて見れば、サイト自体いかにも作りの良さそうな、それでいて派手過ぎず
「英国紳士」然とした装いで、なにやかやと商品を載せているけれど、
(①驚くべきはその多国語化の徹底さかと。
中国語日本語はもちろんのこと、部分的ではあるもののアラビア語や
目下大いにお得意さんであろうロシア語などはしっかり押さえてる。韓国語版もある。
反面面白いのが、ドイツ版は英語で押し通してるし、スペインも同様。仏語と伊語はきちんと訳してある。
北欧系の諸言語なんかは全然考慮に入れず
その他、台湾は英語表記だったり、香港版は中国本土と別にあったりと興味深い。
またアフリカはフランス語圏であっても全部英語だ。仏語版は別に作ってるのだから、技術的な問題ではないはずだ。

明らかに湾岸諸国の顧客を狙い撃ち。
伝統的なクーフィーヤに合わせるサングラスはダンヒルだったのか。
②ちなみに喫煙具の存在には一切触れてない。圧力があるか、それを避けるためかは不明。
③上記について、ウェブサイトはThe White Spotと称して喫煙具関連を別にしている。
会社組織的には2016年時点ではあくまでAlfred Dunhill, Ltd.として同一のようだ。 )
勿論これを見て恰好いいと思うかどうかは人それぞれだ。
分かりやすい分類としては、本当にクラスの人々は実はあまりこだわらず
その下の中間層、それも上を向けば手が届くかもと思える階層がブランドものを欲しがる。
ある程度はその通りなのだと思う。
こちらでも、好んでブランドものをもつ人達という先入観があるとすれば
(そしてあえて乱暴にカテゴライズしてしまうのであれば)
移民系だけれど成功してお金持ちになった人達、というのは筆頭にあがるだろう。
その他郊外のシテに徘徊するラップを好むような連中は、新宿に揺蕩うホスト達と同じく
これまた高級ブランドと親和性があったりする。
ともあれ、いずれにしても、男性原理と言うか上昇志向と言うか
うつし世でステイタスを求めるのならば選ばねばならぬ道であり
そこを通らぬのならば、それはそれで何かしらの理由が要る。
そういった存在の一つなのだと思う。
ステイタスを求めない、という道ももちろんあるし、そもそも知らない、なんてことも
あり得るけれど、少しでも仕事がしたい、とか認められたい、とか
強くなりたい、お金が欲しい、家族を守りたい等々世の男性原理のメインストリームから全くフリーで
ない限り、なかなか完全に避けて通るのは難しい。
それに本人が気にせずとも周囲は気にしてしまう。
なにせ世界規模で既に展開されてしまってるのだ。
パイプを少しでも学べば、知らないではなかなか済まされない。
あるいは、霞を喰らって歌を詠みひとり詩仙となるか―
聖職者の世界も結構厳しい、彼らは一種の軍人なのだし
(「ダンヒルを貰って大喜びする神父」さんの動画をYoutubeで見た事がある、面白かった。)
なかなか「戦い」とは無縁に生きられないのが私達哉。
さて、私自身はと言えば、当初は知らんぷりをしていたけれど
近頃とんと覇気がなく、とりわけ家庭を持ってからというものの「人生の意味がわからぬ」、
なんてバカな事を思うようになってしまった。
遅すぎる第二の青春か、と間抜けなつっこみを入れたくなるけれど
それでもその実あまり笑えない。
要は、フロンティアを見出しあぐねてるのだ。
したがって、パイプのことをやる限りダンヒルは持たねばならない。
古いものの味がどうの、というのはわからない。
でも、恰好はつけねばならない。
つくかどうかはともかくとして。

本題に戻れば、カステロがその対抗馬となるかどうかはわからないのだけど
質・量および価格帯や市場をつらつらと見るに、それなりのものがあるようです。
ただし、その同国兄弟の「高級なイタリア車」があくまで華美な飾り物で戦利品であるのと同じように
古典でメインとはなり得ず、畢竟刺身のつまにしかならぬような気はする。
素晴らしいけれど、でもダンヒルの世界戦略を思えば、とるに足りないのではないか―
若し、私には関係がない、と言えば関係がない。
でも裏ではすべて繋がってる。
ビンテージを愛でるのも、一種曲折した、でも上手いやり方かなとも思う。
いずれわかるでしょう。
問題は、あまりに数が多く、かつオークション形式で出てるものが多いのでなかなかとらえきれないことでしょうか。
形のヴァリエーションももの凄い。
個人的には一目惚れしてしまった一品があったのだけれど既に出払っていたので
同じものに巡り合うまで待たねばならないかも知れない。
そうこうしているうちに、カステロをひとつ買ってしまった。
続くかも知れません。
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