本人 - 1ページ目8 - ひとみからハイオクが
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最新のニュース(2018/8/15)

なにもかもが面倒くさい病に罹患しました。中度から重度と思われます。揺蕩えども沈まず。ご来場の淑女紳士の皆様には篤く御礼を申し上げます。(この部分は見出しです、中身はありません。クリックしないでください。記事は下にあります。)...

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第一七六稿(クリスマスツリーに寄せて、またはロレアルの陰謀)

妻が早めに出したい、と言うので早めに出したのでした。二週間前、すでに12月の頭から飾ってあった。幸い私たちには何事も起らなかったのだけれどもそれでも近くで多くの人が一度に亡くなった。家からバタクランまで10㎞と離れてない。何ができるというわけでもなし、マニフェストなんかむしろ避けるべきでツリーだって、ハンチントン風に文明の衝突と概念づけそれを強調するのであればむしろ飾らぬ方が良い位に私は思っている。で...

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第一〇〇稿(一世紀前の発動機によせて、ヤンボーマーボーとか)

およそ100年前とかの発動機たち。【ニコニコ動画】[いにしえの発動機たち] 1915年頃 STOVER K型 1.5馬力書斎にひとつ欲しい。コトコト音を聞いているだけでなごみそうだし、寒い冬はきっと暖もとれる。冷却用に水を張ってるということは、つまりお湯も湧いてるということだし、私好みの常時お茶飲み態勢だって整ってしまう。茶をしばきながら、バルブやロッカーアームがせっせと働いているところを直に見れるなんて幸福だ。そして...

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第九六稿(世界一周バイクの旅、あるいはヒサオ先生によせて)

本ブログを開始したのが2014年9月のこと。ブログ自体をものすのは初めてではなかったけれど、ジャンルを二輪に変え、提供元をFC2に変えて新装開店のつもりでオープンした。すると周りはどうなのか、と興味をもつのが人情なのか、あるいは人の視線ばかりが気になる生来の性格の弱さからなのか、いずれにしても他所様のブログなどを見て回っていた昨年の秋口、見るからにインパクトのあるブログを発見したのでした。「目指せ世界一周...

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第七〇稿(過去バイ、あるいはできるだけ大きな容れ物を)

ルマン1000は事故で廃車に。左折巻き込み、早朝の都内で確か今頃の季節だった。スピードは出てなかったけれど、ノーブレーキで突っ込んだ。いざと言う時に何もできない、体が動かない、の良い証左だろう。フルフェイスのシールドの文字通り目の前をアスファルトが滑っていくのが見える。いや、滑っているのは私の顔面の方だ。ジェットヘルなら顎を直撃したんじゃないだろうか。本人の方は大したことなかったけれど、車体はそれなり...

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第六九稿(黄色いハンカチと一番星号)

相次いで健さんと一番星さん(というか桃次郎、というか文太さん)がお亡くなりに。こんな風に昔から知っている、つまり物心ついた頃からすでに活躍されていた人たちがいってしまうとカナシイような気がします。そういう人たちはむしろ死んではいけないのだと思う。そんな風に思えば遺骸をミイラにして、というのもわかるような気もする。あるいは即身仏とかにしてしまう。子供の頃に手塚治虫の火の鳥で見た即身仏は衝撃的だった。...

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第五四稿(かくして世界はまわれ)

これも私事。というか挽歌。大叔母というのは、いわゆる田舎住まいのオールドミスで(この言葉はもう死語になるべきだろう、と思うと補注。)生涯独身で子供もいず、姉(私の祖母)と長年二人ぐらしでありまたその姉も早くに未亡人になったゆえ、子は一人だけでありつまり仮に子と呼べるのは私の父だけであり仮に孫と呼べるのは私と姉だけでありなにか、そんな歴史のはざまに一人落ち込んでしまったようなでもそういうと寂しすぎて...

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第五参稿()

クロニクルの続きです(のつもりだった)。というかただの昔語り。わたしは敢えて率直に言えば、(その人に興味がないのなら)人の昔ばなしなんぞ面白くもなんともないと思っていて、好きな女性をこれからなんとかしよう、等というモチベーションがないのなら特に聞きたいとは思わないのです。と同時に、いやこれはその人にとっては大事なことなんだ、というのは時に痛いほどわかりますのでその間で板挟みになる。正確に言うならば...

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第四八稿(あかるいみらいとかがくのしんぽ)

超新星爆発かっ月がとてもまるかった。夜空を撮るのは難しいですね。火星協会と言うのがあります。初めてその名を聞いたのはもう随分前のことになりますが当初は何かの冗談だと思っていた。ちょうど宇宙エレベーターの話を初めて聞いた時の感じに似てる。えっ、そんなことできるわけないでしょ。できるんですね、これが。もっともいついつまでに実現するのか、とかちっともわかりませんしできたとして相当時間はかかるでしょうしそ...

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第四七稿(人間の土地)

以前少し触れましたけれど、これは私の本ではないのですが、たまたま家にあったので久しぶりに手にとってみました。「星の王子様」はあまりに多くの人に知られてますが、これはエッセーになっている。この本からいろんな現実的詳細を取り除き"子供向けに"ファンタジーを加えて書き直したら星の王子様になる、というような本。大人向き、とはいえ、空や砂漠を背景にして人間世界を描くところの筆致は、おそらく使命的なものの見方に...

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第参五稿(虹の彼方にをジョン・ルーリーは)

東京に15年ほどは住まっていたけれどその間見たのは三回ほど。3/15年と考えると、かなり稀ではあるけれどかといって超絶希少というわけでもない。夜の灯りの少ない地方へ行って、空をじっと眺めていればいつかすっと走る流れ星を見ることができる、と言うのに似ている。そのうち二回は何処ででいつ誰と見たのか、覚えている程で当時はその稀さのゆえにか、ああなんかイイことがあるんじゃないだろうかとか思ったもの。確かにイイこ...

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第弐参稿(ルマン1000)

クロニクルの続きです。てか久しぶりにグッチの写真なぞ見ましたが、個人的には非常に好み。改めて欲しくなりますな。こういうのは昔の恋人、と同じなのやもしれませぬ。もちろん男女は関係なしで。Ⅰが異常に渋いわけですが、今見るとⅡもいい。これは写真うつりは悪いけど、何気に魅力的なタイプなのです。Ⅲは走る方向にカスタムしてやるとこれまた格好がよい。など、惚気をしているようでその実わたしが当時手に入れたのは不人気...

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第二二稿(限定解除と吉野家コピペ)

クロニクルの続き。350にも慣れてくると、やはり大型が欲しくなります。ただし当時は限定解除が必要でした。限定解除の難しさとは、以下の通り。試験場に行かなくてならない。時に遠い。平日しかやってない。電話で予約は取れない。つまり行くしかない。予約はすぐに取れない。時に10日以上先になる。やっと予約が取れるといきなり本番。コースが三種類、当日の朝にそのうちどの二種類を使うか発表。さらに二種のうちどちらのコー...

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第一三稿(過去バイ、あるいはただ走るだけ)

クロニクルからの続き。ちなみに13稿、13という数字は13区に住みパリ13大学のとあるラボに詰めていた私にはここ数年ツライ数字でした。ランダムに過ぎない数字が意味を持つなんて馬鹿馬鹿しいのだけど、人の心とは弱いものです。モトグッチのV35イモラでした。ちなみにその当時の私は、 「やっぱり、ああいう風に市販車をベースにしないか?」 「四気筒なんかどれも一緒、コイツを一から組み上げたほうが凄いぜ!」出典つかモデ...

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第六稿(過去バイ、三点ツーリングコード)

そして七月の日光へシャツ一枚で走りにいってどしゃ降りに。友人はGPZ400F(カウルなしのF-IIっていうモデルだった)でやはりびしょ濡れに。私はうひゃひゃひゃhyfghじょkp!!ってな感じだったけれど、「途中のガススタで見かけたZ2はちゃんとカッパ持ってたな」…とつぶやく彼はやはり生真面目な男だったんだと思う。カワサキ乗りは真面目ってことなのか。日光でなにかを見たというような記憶はまるでないけれど(おそらく...

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第五稿(過去バイ、あるいは機械化文明)

ところでその、深夜の深川あたりで酒瓶のおっちゃんに助けてもらった時にヒーヒーと押していたのが、初めての(そして最後の)中型バイクでありました。(写真は借りもの)スタイル重視のスクーターから、バイクに鞍替えしたのは、やはりスタイル重視からだったというオチ。そもそも、スクーター族(モッズ)とバイカーは根本的に反発するはずで、私たちがスタイル的に今でも参照する60年代では、この二つの徒党は互いにせっせとケ...

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第四稿(過去バイ、あるいはガス欠)

そんなわけで中免を。教習車はCB400SFではなかったですね。その前。おそらくVFR400の時代。思えば私はホンダのバイクにはほとんど乗ったことがないけれど、初のバイクはホンダ。とても正しい気がいたします。限定解除の時もVFRだったはず。すぐにはバイクにはいかずに古いスクーターの150ccに乗り換え。当時450k位したような(またしても高いな…)。こんどのは基本設計が古い割に新車でそれなりによく走ったけれど(とりわけベスパ...

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第三稿(過去バイ)

初めて所有した二輪はベスパの50s、イタリアのみつばちマーヤ。20年も前だと写真がすぐに出てこないのがさみしいけれど、白い地味めのおとなしい子でした。勢いにのって贖ったのは良いけれど、当時200k位はして(高いな…)青年的心にずっしり感じたのを今でもよく覚えている。契約後なにげに公園でたそがれました。物をもつってのはね、責任が伴うのよね…でもかわいかったのよね。放っておけない感じ。初めて路上に出たとき、うわ...

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第二稿(文系ライダー)

思えば文系ライダーでした。折しも80年代バイクブームのただ中であったはずだけど、16の春も18の夏も、音楽漬けで二輪にはまるで興味はなく免許も普通免許から。大学入学時の生協の保険でも二輪特約はつけなかった。乗るわけねー、と思っていた。レプリカ全盛で、ライテクがどうとかで、革ツナギに白Tシャツ肩までまくりーので、文化が違った。一言でいえばダサかった(少なくともそう思っていた)。理系はモテないと思ってたし(...

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第一稿

ブログをはじめます。以下文責の在りどころ。普通免許取得ののち、トーキョー探索に良さそうだとばかりにベスパ購入(50cc)するもあまりの遅さに絶望し二輪心が芽生える。中型免許取得、150ccのスクーター、350ccを経て、限定解除(二俣川・9回落ちた)。旧枢軸国製の1000ccを各々一台づつ乗ったのち海を渡る。海外にて初の日本娘(GSX-R1100)に巡り合うも、パリ環状上にて釜を掘られて今生の別れ。しかし同型をもう一台手に入れ...

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