クロニクル - 1ページ目15 - ひとみからハイオクが
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クロニクル 1/1

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第七〇稿(過去バイ、あるいはできるだけ大きな容れ物を)

ルマン1000は事故で廃車に。左折巻き込み、早朝の都内で確か今頃の季節だった。スピードは出てなかったけれど、ノーブレーキで突っ込んだ。いざと言う時に何もできない、体が動かない、の良い証左だろう。フルフェイスのシールドの文字通り目の前をアスファルトが滑っていくのが見える。いや、滑っているのは私の顔面の方だ。ジェットヘルなら顎を直撃したんじゃないだろうか。本人の方は大したことなかったけれど、車体はそれなり...

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第弐参稿(ルマン1000)

クロニクルの続きです。てか久しぶりにグッチの写真なぞ見ましたが、個人的には非常に好み。改めて欲しくなりますな。こういうのは昔の恋人、と同じなのやもしれませぬ。もちろん男女は関係なしで。Ⅰが異常に渋いわけですが、今見るとⅡもいい。これは写真うつりは悪いけど、何気に魅力的なタイプなのです。Ⅲは走る方向にカスタムしてやるとこれまた格好がよい。など、惚気をしているようでその実わたしが当時手に入れたのは不人気...

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第二二稿(限定解除と吉野家コピペ)

クロニクルの続き。350にも慣れてくると、やはり大型が欲しくなります。ただし当時は限定解除が必要でした。限定解除の難しさとは、以下の通り。試験場に行かなくてならない。時に遠い。平日しかやってない。電話で予約は取れない。つまり行くしかない。予約はすぐに取れない。時に10日以上先になる。やっと予約が取れるといきなり本番。コースが三種類、当日の朝にそのうちどの二種類を使うか発表。さらに二種のうちどちらのコー...

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第一三稿(過去バイ、あるいはただ走るだけ)

クロニクルからの続き。ちなみに13稿、13という数字は13区に住みパリ13大学のとあるラボに詰めていた私にはここ数年ツライ数字でした。ランダムに過ぎない数字が意味を持つなんて馬鹿馬鹿しいのだけど、人の心とは弱いものです。モトグッチのV35イモラでした。ちなみにその当時の私は、 「やっぱり、ああいう風に市販車をベースにしないか?」 「四気筒なんかどれも一緒、コイツを一から組み上げたほうが凄いぜ!」出典つかモデ...

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第六稿(過去バイ、三点ツーリングコード)

そして七月の日光へシャツ一枚で走りにいってどしゃ降りに。友人はGPZ400F(カウルなしのF-IIっていうモデルだった)でやはりびしょ濡れに。私はうひゃひゃひゃhyfghじょkp!!ってな感じだったけれど、「途中のガススタで見かけたZ2はちゃんとカッパ持ってたな」…とつぶやく彼はやはり生真面目な男だったんだと思う。カワサキ乗りは真面目ってことなのか。日光でなにかを見たというような記憶はまるでないけれど(おそらく...

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第五稿(過去バイ、あるいは機械化文明)

ところでその、深夜の深川あたりで酒瓶のおっちゃんに助けてもらった時にヒーヒーと押していたのが、初めての(そして最後の)中型バイクでありました。(写真は借りもの)スタイル重視のスクーターから、バイクに鞍替えしたのは、やはりスタイル重視からだったというオチ。そもそも、スクーター族(モッズ)とバイカーは根本的に反発するはずで、私たちがスタイル的に今でも参照する60年代では、この二つの徒党は互いにせっせとケ...

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第四稿(過去バイ、あるいはガス欠)

そんなわけで中免を。教習車はCB400SFではなかったですね。その前。おそらくVFR400の時代。思えば私はホンダのバイクにはほとんど乗ったことがないけれど、初のバイクはホンダ。とても正しい気がいたします。限定解除の時もVFRだったはず。すぐにはバイクにはいかずに古いスクーターの150ccに乗り換え。当時450k位したような(またしても高いな…)。こんどのは基本設計が古い割に新車でそれなりによく走ったけれど(とりわけベスパ...

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第三稿(過去バイ)

初めて所有した二輪はベスパの50s、イタリアのみつばちマーヤ。20年も前だと写真がすぐに出てこないのがさみしいけれど、白い地味めのおとなしい子でした。勢いにのって贖ったのは良いけれど、当時200k位はして(高いな…)青年的心にずっしり感じたのを今でもよく覚えている。契約後なにげに公園でたそがれました。物をもつってのはね、責任が伴うのよね…でもかわいかったのよね。放っておけない感じ。初めて路上に出たとき、うわ...

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第二稿(文系ライダー)

思えば文系ライダーでした。折しも80年代バイクブームのただ中であったはずだけど、16の春も18の夏も、音楽漬けで二輪にはまるで興味はなく免許も普通免許から。大学入学時の生協の保険でも二輪特約はつけなかった。乗るわけねー、と思っていた。レプリカ全盛で、ライテクがどうとかで、革ツナギに白Tシャツ肩までまくりーので、文化が違った。一言でいえばダサかった(少なくともそう思っていた)。理系はモテないと思ってたし(...

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