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ひとみからハイオクが

飛行機にのって(10月24日から帰省)

最新のニュース(2017/10/06)

最新稿は第257稿と4982バナナです。東京バナナの話ではありません。ご来場の淑女紳士の皆様には篤く御礼を申し上げます。
(この部分は見出しです、中身はありません。クリックしないでください。記事は下にあります。)

第4982バナナ(フクシマとシャルリー・エブド、冗談と「正しい」言葉遣い)

私は時々、自分は冗談も通じぬ面白くない人間だと思う。けれども、何を、どこまで冗談にできるのか、と言うのは実はとても繊細な問題だ。笑って済ませられない問題とはとかく多く、とりわけ世の中の人々の様々の違いや、そのかしこに潜んでいる弱さを思えば、決して気軽には扱えない。あからさまに何かを揶揄するような表現や、特定の人々を笑いものにする軽率なくだらぬバラエティ番組などは言うに及ばず、私達の日常の何の気なしの会話にも気を付けねばならない。

とは言え、それでは息が詰まる、という人も多かろう。何も言えなくなってしまうと批判もでるだろう。確かに(第三者を)笑う事で人を繋ぐこともあれば、むしろ直接親愛の情を示すような事さえある。口の悪い人々の中には、通るか通らぬかギリギリのところを探りながら、仲良くなろうとするような節さえ見受けられることがあるように思う。例えば身近なネット空間でのくだけたラフなやり取り等も、仲間内での親密さを担保する性質を持っている。

これは一種のテストなのかも知れない。私は以前、おそらく日本人が珍しかった環境にいたからか、様々のテストを受けたように思うし、その対抗策としてフランス人と大阪人の共通点なるものを仮定して、いろいろに好き勝手に考察を加えていたことがあった。(確かに大雑把に言えば、仏人は東京人よりは大阪人に近く、実際「オーザカ」が大好きな日本通は多い。気取らず本音が見え親しみやすい、位の感覚だろうとは思うが。)
その時思っていたのは、彼らはいずれも子供時代に比較的けちょんけちょんに言われながら育つので、長じた後もそんなやり方で他人との距離を測ってるのではないか、というものだったが、今ではあまり説得力のある仮説とも思っていない。そもそも、人の集団をきちんと比較するというのは想像以上に難しく、あまり勝手なことは言わないようにしている。どちらも口さがない、というのはある程度事実だろうけれど、それさえも定量的に示すのは容易ではないからだ。そもそも、なんでもいちいち笑いを取りに来る、そんな慣習が嫌いな大阪人だっている。

いずれにしても、私の経験から言うならば、顔面を無理矢理つり目にさせられたりするのは、むしろ個人的好意の表れだと都合よく解釈するべき類のもので(そんなことをするのは子供か若い女の子にきまってる)、またある種の地域を旅しているときのニーハオ攻撃や、北アフリカでのジャッキー・ションアタック(ジャッキー・チェンのこと、通りを歩いているとおよそ100m毎に言われる)だって、慣れてしまえばどうということもなかった。別に私はそこに悪意は見出さなかったし、即座にカンフーアクションをして見せる位の返しができるようになれば上級者だ。

私の家人にしても、当初私が箸を使って料理をしていたら、それを喜んでわざわざ自分の娘に報告していたのを記憶しているし(「ねえ、あの人ったらオハシで料理してるのよ」的な感じだろうか)、私が箸に慣れているのは自然なことで別に誇らしいとも馬鹿にされたとも思わぬけれど、珍しいのだからまあそういうこともあるだろうと思うしかない。好奇心を満たし笑って貰えるならそれも良いだろう。

ただ、これらが問題になる時がある。例えばフクシマの件では既に巷で散々に話題になっていたと思うけれど、やはり同じような事が個人的にもあった。同僚と食堂で昼食をとっている時だったが、魚か何かが例によってスーパー変化を遂げるだとかの冗談を振られたのだ。およそそういう気の利かない事をつい言ってしまうのは世界中どこでもお調子者の男子と相場が決まっており、同席の女性は明らかに反発を示し抗議の表情を浮かべた。でも、私自身はその場では事を荒げぬべきと笑って受け流したのだ。しかし、その姿を醜しとする人達もいるだろう。それに、私は単に、その女性を前にして余裕を見せたかっただけかも知れない。

また違う時期、異なる場所でのことだけれど、かつてコンゴ人の同僚がいた事がある。長身の美丈夫、かつ頭が良く漢字が得意で、そして穏やかな性格の優れた人であったが、ある日、彼のデスクに向かうと一人黙々とバナナを食べている。それもスーツをパシッと着こなし、素晴らしく良い姿勢で。申し訳ないが、これには吹き出さずにいられなかった。理由は、(私にとっては)あまりに絵になっていたから、としか言いようがない。
勿論彼は、そんな私の反応を咎めなどしなかったが、果たして共感は得られるだろうか。少なくとも、私と同じ理由では笑わぬとは思う。確かにバナナは誰でも食べる。ただ、体躯の良い黒人が、スーツを着こなし背筋を伸ばして食べるそれは、私には好ましくも可笑しく見えたのは事実だ。様々の有形無形の象徴がその中にはある。

近頃、テレビのバラエティで「ヘンな日本語」を話すアフリカ系の芸人(?)をネタに笑いをとる、という動画をたまたま見かけた。教室が舞台で、教師役にはもう少し「マシな日本語」を話す欧米系の芸人が充てられており、正直唖然としてしまったけれど、面白いかと言われると確かについ笑ってしまうシーンもある。あたかも未開人を文明人が教育すると言うようなこんなベタな設定は、今どき世界中どこでも許されないように思うが、それがテレビの企画を通るとすれば、日本は存外と「平和」なのかも知れない。

あるいは単なる世界の田舎なのか。

でも、本人たちは笑って貰えるなら良いと思ってるかも知れない。私も時に「ヘンな仏語」を喋っては笑われている。結婚生活の良い潤滑剤ぐらいの感覚だ。ただ、柄にもなく傷つくこともなくはないけれど。(しかし――「正しい〇〇語」と言うのは幻想に過ぎない。多くの人々が無批判に信仰しているのも確かだが。)

問題は、弱い人々がいつでもどこかにいて、弱さがいつもどこかにあり、それが尽きぬ事自体にあるのだろう。人間の尊厳、なるものが意識されるとするならば、逆説的にそれが危うい状況が社会と個人の中にあるからだ。そうでなければ、すべては笑い話で済むのかも知れない。そして今のところは、それでは済まないと言うのがPC(ポリティカル・コレクトネス)の立場だろう。一種の対処療法に過ぎぬのかも知れないが、頭痛持ちの私はそれを諒解のうえで薬を飲み続けることだろう。

キーワード:フクシマ、シャルリー・エブド、PC、差別、ステレオ(ステロ)タイプ

第4983カウンター(ヘイトスピーチと自己嫌悪)

右か左で争うのではなく、上だろうという言説を見かけたのだが確かにそうかも知れないと思う。もしかすると上でさえないのかも知れないが、便宜的に上としておく。いずれにしても敵が欲しいのが私達とするならば、どこかに的を定めなければならない。下(つまり弱)を標的とするのは、生物としてはあり得ることなのだろうが、いやむしろ、厳しい環境圧次第では種や集団の生き残りの為に率先してやってきたことなのかも知れないが、それは「人間」としては一応目指すところではない。

時に私の友人の細君が義太夫をやっている関係で、浄瑠璃を色々と聞く機会があったのだけれど、10を聞いて10の全て、まったく共感することができなかった。いずれも、「殿様」という絶対者が上にいて、下々が義理と人情に挟まれ汲々とする物語ばかりだったからだ。義理のためなら時に我が子でも殺す。むしろそれが美しい。
そんな世界では社会は安定し、文化や文学は涵養されるのかも知れないが、いずれにしても少なくとも今日的ではない。ただ、人はいつでも何かに規定されがんじがらめになる、ということ自体には、またそれでも生き抜き人生は続く、というような捉え方をするならば、今日でも十分に通じる文学的な要素は多分にあるのかも知れないが。武士道とかに美学を求めがちな人達には親和性がありそうだが、それは今回のテーマではない。

上下ではなく左右のことに話を戻すならば、互いに攻撃しあう人が多いというのが今日の印象だ。いずれの側も実は水平上に位置していて、上空のことは目に見えないからかも知れない。ともあれいわゆる「ネトウヨ」を叩く「正しい」言説を良く見かけるようには感じている。
情報化の進む今の時代、人は決してまんべんなくそれを得ているわけではないので、私が意識的あるいは無意識に選んでいるものが偏っていると言えばそうだろう。でも同時に、過激に叩く人達の意見が目につくのも事実だ。そして中には一種のヒステリーを認めることもある。「人種差別をしない」と言うような明らかに「正しい」と思っていた事が、やすやすと破られることに耐えられないのだ。そして頭に血が上るのであれば、実は自らの内に同質のものが隠れている可能性がある。と言うより全ての人の中にありうる事ではないだろうか。それを倫理と教育で抑えて生きているのが今日の近代的人間だろう。極端なヘイトの例は決して大多数の意見ではなかろうと私個人は思うが、批判ないしは非難、果ては攻撃的な言説の多さを見ると、これはこれで何を恐れているのだろうと思うこともある。

かく言う私も、コテコテのヘイトスピーチを目にすれば怒りを感じるし、とりわけそういうものが目につき始めた頃は相当に衝撃を受けた方だ。今でも、それに慣れたと言いたいわけでもない。と同時に、自他の境が様々な要素ではっきりしている以上、それを区別することは私達の本質で、またそれが差別に容易に繋がるのもかなり自然なことだと言わざるを得ない。問題は、要は私達が他者を、身体的なレベル、次いで精神的レベルで敵認定してしまうことにある。

アフリカを旅した時、人々はおしなべて大きく肉体は強く、例えば暗い夜道で怖いと思わなかったことなどない、と言わなければならない。空港を出れば、子供たちが大挙して押し寄せ有無を言わさずトランクを奪って勝手にタクシーに積んでしまう。もちろんチップを要求するためだ。頼んでないじゃないか、と言えばもう押し問答で、数でも圧倒されれば体格も既に大人並で、ほとんど恫喝されるようにして結局は渡さぬ訳にはいかない。
もちろん、仕事をしたのだから寄越せ、とは強引ながらも良く考えてみれば正しいのだ。仕事とは世界のどこでも取ってくるものなのだし、そのやり方が洗練されているかどうかが違うだけで、本質に変わりはない。彼らにとっての営業とは、旅行者のトランクを我先にと奪うことであり、それに仕事の機会とは絶望的に限られているのだ。とは言え、「よく考え」なければ、そういった見解に達しえないのもまた真だろう。別に私は大金持ちなんかでもないし、直接なにか悪さをしたわけでもない。身一つで、むしろ友好の為に来ているのに、なぜ攻撃され強制され奪われなければならないのだろう、としばらくの間は煩悶することになる。そして自らの納得できる答えが見つけられなければ、次第に敵認定していくのが人間だ。

私達は自分を守り、家族次いで同胞を守りたい、という本能から逃れられない以上、差別はあり得ることだと思う方が良い。野放しにしていいのか、とまた糾弾するのかも知れないが、矯正すれば済むのかと問いを立てる要はあることと思う。いわゆるPC(ポリティカル・コレクトネス)の問題は、コレクトネス=「正しさ」の持つ、危うさにももう少し目を向けた方が良い。攻撃の強い人は、実は我が身にも潜む差別意識に無意識ながら激高しているのかも知れない。そうだとすれば気持ちはわかる。私も差別的な感情を持つ時には嫌な奴だと自ら思うから。でも少し許してやった方が良いように思う。石を打てる人とは実は一人もいないのだ。人は差別するのが実は普通、位に多少は緩めに構えつつも、少しずつ粛々と進めていくのが方法論としては優れているように思われる。

キーワード:封建時代、人形浄瑠璃、ヘイトスピーチ、カウンター、ポリティカル・コレクトネス

第二五七稿(ビリヤードの話、これは【文字通り】パイプではない)

ハスラー2が大流行した世代で(80年代)、当時はバブルが弾ける前だったからかタケノコのように各地にプールバーなるものが林立していた。ワンレンでボディコンとかのお姉さん達が本当にいて、ぶかぶかのソフトスーツを着てカクテルなんかを飲みながら遊ぶ人々が実際に存在していた頃の話だ。

原タイトルは「The Color of Money」、監督はマーチン・スコセッシ。
元ネタとして「ハスラー」、監督は特に有名でもないがポール・ニューマンがファースト・エディ役を演じるちょい硬派な一種の任侠物の白黒映画。いかさま・ゴト師だが実は名誉と腕で勝負したい、しかし勝負に勝っても失うものが多く、うら悲しさが残る、というような味付けだった。
ストーリーに直接つながりはないが、ハスラー2では中年になったファースト・エディが再登場する。つまりやっぱり勝負と金の話。ただ、こちらのラストには少々吹っ切れた明るさがある。単に勝負ジャンキーの開き直りとも。男は戦ってなんぼ、という本能を刺激する映画で日本で大ヒットした。イケイケの時代の後押しもあっただろう。


高校生であった私は友人に連れられて東京の(それも確か新宿だった)キラキラ、あるいはギラギラした夜の街の洗礼を受けたのだけど、幸か不幸かそこで勝負ごとにどっぷりとはまった訳ではなかった。それは単にパチンコ競馬に競輪等々、やらない社会階層に属していたからだろう。とは言え、99.9%負けが確定してるとしても、それ以外に一発逆転の目のない(あるいはそう思ってる)人々にとってギャンブルとは実に蠱惑的であるのはわかる。少なくとも、心情的には理解できてしまう。

ただ当時は(も)、充分にナイーブであった私は賭け事をするわけでもなく、またそんな道に引きずり込む悪友もおらず、ただ瀟洒なビロードの上をカラフルな球が転がる様が楽しかった。そして大学へ入った後も、特有の気難しさからかあまり学生らしい「学生活動」をしなかったので、正門の直近に昭和の香り漂う渋い撞球店があったのにも関わらず、その存在すら知らず、お店はいつしか改装されて近代的ビルになってしまった。(改装されたがお店自体はまだ中に入ってるはずだ。)
機会さえあれば本人はいつでも球撞きはしたかったのだが、独りで遊技場へ行くという選択肢がなかったのだ。二十歳を過ぎていたのになんだが、幼く世間知らずだったということだろう。だから若い人が一人であちこち行かない、女性が一人で外食ができない、等と聞けばそれもそんなものだ、と思ったりはする。

一人で店に行くようになったのは、それから10年程も経った頃だ。いわゆるホームができたし、他店へ修行しに行く、なんてことも理解できるようになった。一人で行けば相手が出てくる。道場主が手合いをしてくれずとも、誰か適当な相手をあてがってくれることもある。つまり、かつての武士や剣客がしてきたことが今でも行われているのだ。血生臭さの度合いこそ遥かに違えど、宮本武蔵がいまだに人気で文芸や漫画でもリメイクされ、ビジネスマンに五輪書がついつい読まれ続けるのもむべなるかなと思ったりもする。つまり、何かの形で「勝負」をする、またはその練習・シミュレーションを行う、ということは人間本来の(とりわけ生物的なオスの)もので、善悪の彼岸を超えてるのかとも思う。

そんなわけで、その時期(結局はお遊びの範疇を出ないのではあるが)勝負事の甘美さ(と中毒性)に遅まきながら目覚め、また道具を揃えたりし始めれば生来の道具好きもあってすっかり入れ込んでしまった。手に入れたキューの数も5、6本は下らない。とは言え、80年代のブームはとっくに去っていた割に選手層は意外と厚く、私なぞは小さなハウストーナメントで準優勝したことが一度あるきりで、ちっとも勝てなかった。もっとも、付け焼刃の生兵法ではそんなものだろう。海外旅行の際にも地元の撞球場を探して訪れたりと各地で撞いたりもしたけれど、専門でやりきれない私はいずれ戦いの場から自然と淘汰されてしまったのだ。

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パリのクリシー広場の傍にあるアカデミー・ドゥ・ビヤール、ここで撞くのが憧れであったのだが、先日聞いたところによれば閉店してしまっていた。正確には今はポーカーのクラブになっている模様。

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ポーカーは比較的盛んだ。どちらも勝負事・言い方によってはスポーツの範疇ではあろうが、より金の動く方へと変わっていくのだろう。私は肉体からの入力が欲しい方なので、今の所カードゲームにはあまり興味はない。
現在地下鉄の地図にはまだ表記が残ってるし、以前通りかかった時にはまだビリヤードテーブルがあったので、その時行っておかなかったのは悔やまれる。


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ところで2016年に一時帰国した際、その道具を飛行機に積み込むことにした。戦場に戻ることにした、等と大袈裟なものでは決してなく、単に運動不足を解消したい位の動機だ。あるいは、でも、ここは選手層が薄そうなので小さなトーナメントくらいはとれるかも知れぬと甘い考えもある。とは言え単に、玉転がしが好きなだけ、と言っても良いのかも知れない。あるいは少し生活に飽いて、刺激が欲しいのかも知れない。

フランスは伝統的にはスリークッションの国で、殆どの日本人のするいわゆるナインボールや10ボールはアメリカンとわざわざ言うのだけれど、ビリヤード場はあまりないように思っていた。あってもまじめに練習をしているような光景は見た事がない。どちらかと言えば友人同士で酒を飲みながらの社交が普通だ。小さ目のコインテーブルが多く、多くの場合ブラックボールと呼ばれるエイトボールをする。それが近場にちょっとしたクラブが(スリーがメインだが)あることを最近知り、またその70年代ぽい佇まいが個人的にはとても良く、ぼちぼち通おうとしている。

それで先日、一人で練習をしていたら若者が一緒にどうですか、と聞いてきた。私は現地の習慣を全く知らないので、少々躊躇いつつも、そこは正直に金を賭けない事を確認し「勝負」に挑んだのだけれども、いざ始まれば目を見張るような腕前で完全に叩きのめされてしまった。訊きただせばなんとナショナルチャンピオンだと言う。つまりフレンチオープンの覇者で、それも二度優勝してるとのこと。ビリヤードはどこでも小さな世界で、その気になればどこの国のトップレベルの選手に会ったりするのは(他の競技に比べれば)比較的なし得る事ではあるものの、個人的には何年振りかに知らぬプレーヤーと相撞きして(業界ではこう言う、相席みたいな用語だ)、それがいきなりこのレベルとは驚いたり手に汗握ったり、でも嬉しかったり。それと同時に、修練すれば結構いい所まで行けるのでは?等と言う甘い考えがすっかり潰えたのも事実だ。どこに行っても、またどんな分野でも上にはいつも上がいる。

誰かが勝つには当然敗者の存在が不可欠なのだから、まあそれはそういうことだろう。全ての分野で勝つ者は存在しないし、また仮に勝ったとして勝ち続ける人もいない。だからこそ、勝負は避けなければならない、という結論もまた良い。それでも目に見えぬ勝ち負けとはいつでも世界に偏在するのだし、仕方ないと思いつつフィールドを定めて戦うフリをするのもまた方便かと思う。一度戦えば仲良くなる、なんて男くさいお話も一応は認めよう。ただ最終的には佳く負ける人になりたい。人生とは負けの連続とも言えるのだから。

第4984バジリカ(サン・ドニ大聖堂とバンリュー、13号線)

メトロ13号線に乗って。13という数字が特別に何か意味するのかどうか正直わからない、あるいは言い切れないのだが、もちろん特定の人々の宗教・文化の中では意味を持っている。とは言えそれがどこまで、そして誰に影響力を持っているのかを量るのは容易ではない。ただリュック・ベッソン製作のBanlieue 13というハードコアなギャング映画があったり(フランスで一番貧しいセーヌ・サン・ドニ県の郵便番号93からのメタファーがあるかも知れない)、パリ13区にはもっとも大きな中華街・ベトナム人街があったり、私の所属していたパリ13大学は事実学生の大半がアフリカ・アラブ系であり、そしてパリを南北に縦断するメトロ13号線は、とりわけ北へ向かうにつれ真っ黒になる。

実際車両はかなり汚れていたし、八月の暑さがぶり返した午後、混雑する車内はそれなりに雑多な印象を強く与えるものだ。見れば実は新型の車両で(弱々しいながら)空調も効いていたけれども、同じく(黒っぽく雑多な)郊外にあった外交史料館に行き疲れた同行の研究者にとっては相変わらずインパクトのある光景であったようだ。終点から一駅目、サン・ドニ大聖堂は歴代のフランス国王が埋葬されている「由緒正しき」場所ではあるけれど、現在ではそのようなわけで移民(系)の集う地区として有名なのを聞き、また目にもし、「勿体ないですね」と一言感想を述べた。

公共交通機関を使用すれば日に必ず数度は目にする物乞いの人々の姿にもすっかり慣れ、彼らの様々のパフォーマンスにもいちいち心を動かされなくなった私は、今では貧しい地区とはっきり言う。貧しい地区に貧しい人々が住まうのは単に事実だから。アフリカ系の人々が多く住まう、とも言う。これも事実だから。しかし、それを(伝統的な場所が変化してしまって)勿体ないとは言わない。たかだか三世代遡れば植民地の人々で、あえて言うならば収奪されてきた人々が、それをしてきた側の相続してきたものと同じだけのものを持っているわけがない。大袈裟に言うならなにも持ってない、と言っても良いくらいだ。そんな人々がそれでも金を稼ぎにやってきて安い地区に住まう。彼らはそうして生きている。自然なことだと思うだけだ。そしてそんな地区にまだかのような大聖堂が建っているのならば、そのコントラストはほとんど美しいと言って良いくらいだ。

私個人は確かに静かな場所が好きで、人混みが嫌いで、淡い色を好み、なるべくならば放っておいて欲しい。無人の地を原動機に乗って行けるならばどこまでも行きたい方だし、その意味では人の移動のダイナミズム等とは実はかけ離れた性向を持っていると思う。それでもキャンプ中に私の喰らうビスケットは世界が作っている。地球はあくまで丸いのだ。
私がもし仮に、何かを「保存したい」と思う側に生まれ生きているのならば、それに尽力はするのかも知れない。古いものが好きなのだから。伝統とは確かに美しい。ただ、保存できるものをそもそも持っている、ということは世界に負っているということだ。だから、その世界から来る人々を排除するならばそんな美しさなど一瞬で輝きを失うだろうし、むしろこの上なく醜く寂しいものとなるだろう。

通常、忌み嫌われる事の多い「13」には、やはり隠された意味があるのだと思われてならない。あるいはつまらぬ陰謀論等紐解かずとも、全ての数字は迷信深い人々には同じ価値を持つわけでもなく、自然に偏りそうなるのかもと思う。それで、私達の勝手な好き嫌いを別にすれば、どの数字もただ一意に価値を持っているだけのことだろう。そこに「良し悪し」があるわけではない。

キーワード:パリメトロ、13号線、セーヌ・サン・ドニ県、サン・ドニ大聖堂、植民地

第4985スシ(外交史料館と戦争省)

夏季休暇中に在外研究に来ているとある研究者と連れだって郊外の外交史料館と言うところへ行き、百年程前の古い史料を山ほど手繰って写真に収めてきた。その数およそ千枚ほど。これをまだ数日間は繰り返すので、総数は数千枚になるのだろうと思う。手書きの史料なので非常に読みづらい上に、写真を撮りながらなので今のところは大雑把なことしかわからないけれど、それでも興味深いものが散見される。中でもその名もズバリ、「戦争省(ministère de la Guerre)」の文書が目を惹く。その他にも海軍・植民地省(ministère de la Marine et des Colonies)なんてのもあった。よく考えてみれば、今では防衛省等と名称を変えて存在するのだから別段驚くに値しない。それでもこの名称はそれなりに胸を打つ。軽く衝撃を受けたと言っても過言ではない。

外交文書だから、手書きにしても美しく体裁の整ったものが多く、こんな字を書くことが「教養」でまた「外交力」でもあったことを思うと興味深い。飾り字の凝った印なども見る目で見れば佳いもので、戦争(Guerre)の文字が美しい。しかしそうでなければ、例えば「せんそうだいじん」等と子供に書かせれば、それはまさしく本質を炙り出すようにも思われる。つまり、美しく格式ばった書体を用いなければ、その程度のものという事ではないだろうか。逆に言えば、そのような形で正統性を粉飾さえすれば、それが十二分に通った子供っぽい時代であったと言う事ができるだろう。

(同様に今の私達も、世紀を経て後世から見れば子供っぽいと言われることだろう。そしてそれはそうあるべきだ。)

ところで、昼食の際に各地の日本食の話題などに及んだのだけれど、ロンドンにてスシを食したところ、それは不味くよろしくなかったのことだった。私もこちらに来た当初は、日本食レストランの多さにまずは驚き、そして嬉しく感じ、後に質の悪さに憤り、と一通り経験してきた後に思うのだが、論点は二つある。

1. もしプロモーションの事を思うならば、なによりこの数の多さによってまずは大いに担保されるものがあることを忘れてはいけない。つまり、仮に不味いレストランにあたったとしても、今の欧州の人達はもはや「スシが不味い」等とは思わず、このレストランは外れだった、と普通に思うだけだろう。ならばどんどん増え続ける「日本食」レストラン(多くは「スシ」と「マキ」と焼き鳥)、宣伝に大いに役立ってくれるのをありがたく思いこそすれ、無暗に批判するにはあたらない。伝統を重んじる〇〇と言う名の老舗の看板を揚げる、ということでもない限り、小うるさく言うことでもない。不味いピザにあたったからと言って、イタリア人の食生活を疑う人はいないだろう。

2. 二つ目はもう少し根源的なことだ。スシは別に私の持ち物ではない。ならばなぜ、盗まれたように感じるのだろうか。その理由はなんだろう。文化とは互いにコピーしながら発展し高めあうものだと当たり前のことをあえて言わねばならない程の、近世以降、我々の盗り盗られ合戦の激化が原因のひとつかも知れない。確かに盗まれたと思うなら守らねばならない、金が絡むなら猶更のことだ。

それで、直接の所有物でもなんでもない食文化に目くじらを立てるのは、国際社会における存在感のリソースの少なさが遠因の一かとも思う。正確に言うならば、少なく思ってる、ということだろう。少なくある誇れるもののうち、ひとつが、中でも大物がパクられても困るのだ。そういう思いではないだろうか。
そもそも島の中にいる人達の多くは、外の世界に等それ程興味もないのだ。それがある時、スシが流行ってるらしいと聞く。それも別の人達がコピーして売り出してるらしいと聞く。そこで慌てて保存し、保護しなければならないと叫ぶ。

もちろん保護するものはそれが出来る場においてすれば良い。個々の商店や会社の範囲でレシピを守ると言うならば、現行の社会の通念からも妥当なことだと思う。しかし、人類としては分かち与え合わなければならないものも、それは確実に存在する。資源がそうだし、文化だってそうだろう。一幅の絵は博物館で保護しておけばいいが、コピーは誰でも目にできるほうが良い。そうでなければ、せんそうだ。

私達が誇れるものとは(あるとすれば)人間性や優しさと言ったもの以外にない。寛容性も大事なことだ。持ってるおもちゃを分け与えられない子供から、成長すれば誰でも少しは大人にはなるものだ。少なくともそう思いたい。とりわけ終戦記念日には。

キーワード:外交史料館、戦争省、スシ、食文化、資源、共有、囲い込み、寛容性

第4986猫(人間の進歩と猫は世界を救うか)

ところで私は、猫が好きで猫が嫌いだ。論理が破綻しているようだからもう一度書くけれど、猫が好きででも嫌いだ。正確に言えば、猫は当然かわいいけれど、愛玩動物という存在自体に時にやるせない気持ちになる。これがもし、自らの意志で自分で選んで得たものならば、特になにも思わない可能性は高いだろう。古今東西を問わず多くの芸術家・文人等がしてきたように、大層かわいがることだと思う。谷崎・漱石は言うに及ばず、今なら村上春樹、古くはユーゴーやヘミングウェイ、皆猫が好きだ。自由気ままに生きているように見えるし、エレガントで何より美しい。

ところが連れがもともと持っていた猫ならどうだろう(良くあるパターンだ、独身の女性は猫を飼うものだ)。もちろん男女が逆でもいいし、同性同士だって構わないのだが、いずれにしても猫がついてくる場合だ。その際は、私達の間柄の関係の変化にしたがって、受容の感じも異なってくる。初めはもちろん文句なんか言わない。むしろ、まあかわいい猫ですね、と賞賛を送るのが筋だろう。猫は犬よりは手がかからず、それほど邪魔になるものでもなく、ここは猫好きを訴えた方が今後のためにもなにかと得策だ。たとえアレルギーがあって一年のうち一月ほどは喘息気味であったとしても、そんなことは大したことではない。少なくとも、そういう素振りを見せずには折角の縁も台無しになってしまう。

ただ、慣れてくればそれも煩わしく感じることもあるだろう。なにしろ奴らは何もしない。日がな寝てるだけで愛情をたっぷり受けるのだから、時に嫉妬を感じることさえある。もっとも私はトイレ掃除なんかは一切しないし、餌を時折買うだけなのだが、それでも面倒な時もある。最悪なのは旅行などに出る時で、その度に誰に預けるやら餌や寝床を運びこむとか(爪研ぎまで!)いちいち大事だ。どうして自分の身一つで身軽に旅立てないのだろう?自由とは何か?

そうでなくとも「動物愛護」などを声高に叫ばれると、どの口で言うのだろうと思う。どうしてそこに依怙贔屓があるのか。そもそも彼らが独りで生きる道を絶ったうえでかわいがるって何だろう。去勢をし、いつまでも子猫のままでそれは確かにかわいいだろう。そうしなければ彼らはその本能により辛い思いをするのだろうし。いずれにしても家猫はもう野生には戻らない。ペット産業は産業として成り立つのが現代で、それに人間と家畜との関係のその歴史は長いのだ。動物好きに悪い人はいないなんて聞くと悪い冗談だと吹き出してしまうが、ならば、少なくともその身勝手さをわかって引き受けて欲しいと思う。つまり、私は生きてるぬいぐるみが欲しいのだと、生きてるおもちゃが欲しいのだと白状すれば良い。おもちゃだけれど、生き物だからその分大事にはします、と言うのなら聞く耳も持てると言うものだ。家族の一員だなんだと下手な言い訳をするよりむしろ立派だと思う。

ただ思う。私達人間はそもそも自然な存在ではない。少なくとも田畑を耕し始めて以来、私達は決して自然に生きているわけではない。時折ルソーのように、自然に帰りたい人達とはいつでもいるけれど、裏をかえせばそれは私達の存在が自然ではないことを示している。社会の善悪、大きな格差と不平等、それらすべては私達の私達性にあるのであって、またそれは弱者や病人を助ける「自然ではない」一面もあわせもってる。そう考えれば、「不自然な猫」の存在など取るに足りないのかも知れない。

そうでなければ、狩猟採集生活に戻るしかないので、大掛かりな社会保障や病院はなりたたない。それで、それでも戻りたいと思うことがあるだろうか。ハンターは厳しくも美しい存在かも知れないが、よそに農耕の民がいれば確実に負けてしまう。弓が実は鋤や鎌に敵わないのは歴史が証明してる。アイヌやネイティブアメリカンの例を持ちだすまでもなく、狩猟採集民は農耕民族には獰猛さもカロリーも負けているのだ。

そしてそんな私達の不自然さも、長い目で見ればもしかすると自然の一部なのかも知れない。なるべくして進化したのだから。それでいずれ人工知能が登場して、仮に我々が淘汰される等ということがあったとしても、それもなるべくしてなるだけのことなのかも知れないとは思う。あるいは猫のように生き延びる手もあるのか。ならば、今のうちに学んでおくのも良いのかも知れない。爪研ぎはほどほどにして、あとは大人しくしていようか。もっとも、身なりには相当気を付けなければならないだろうが。

キーワード:猫、動物愛護、狩猟採集、農耕、ルソー、retour à la nature、AI、ペット産業、愛玩動物。

第二五六稿(GSX-R1100あれこれ2017年前半)

相変わらず赤いペンキが見つからないので(あるいは予算があまりないので)、
その意味ではただただ放置になっている2017年夏の私のマシンですが
他に車両もないので日常的にちょこちょことは走ってます。

主に買い物マシンとなり、郵便局に行ったりジャガイモを積んだり、
あるいは孫の顔を見に二人乗りででかけたり、

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とても耐久レーサー由来のものとも思えませんが、
幸い近所には高速道路が何種類もあるので、レーダーのない場所を選んで
加速したりはしている。
日曜日にはちょっと郊外へ行ったり。

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八月のこの時期、首都近郊はすいてる。
(今のうちに)ガソリンを消費するには良い。


買い物用にはビッグスクーターが欲しい等と独り言ちながらも
一台しかない、という状況自体にはそれなりに満足してる。
たくさんいると手が回らないからです。
もちろん物理的・精神的に回るならば、それも楽しかろうと思うところ。

ここ数か月であった事件とも言えない細かいこと:
  1. 油温計が突然不動に。ヒューズが飛んでいた。(6月)
  2. ついでにレデューサーを4年ごしに分解し、状態確認と清掃。
  3. 電動HVLPで塗装。(6、7月)
  4. ヘッドライトのバルブ切れ。イエローの方が飛んだ。(8月)

1. 油温計配線引き直し。
油温計はこの冬(2017)に針の振れをシリコンオイル注入により直したばかりだったので
またか!と軽くショックを受けましたが結果としては配線の取り回しを変更しただけで直ってしまった。

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それでも最初はわからずまたバラしたり。
つい疑いますが、結局メーター自体はそう壊れたりしないらしい。
また無駄に開けてしまった。


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当初なかなか原因が特定できず、マルチメーターも久しぶりに使うと配線の仕方さえ忘れてる。
写真ではそもそもレンジが合ってません。かつ、うっかりメーター中のヒューズも飛ばしてしまった。
電気は難しい。火災に注意。


イグニッションをONにするだけで何度もヒューズが飛んでたので
どこかでショートしてたのだろう、と考えるのが筋ですが
一部外して見れば配線自体にダメージもなさそうで、したがって交換もしなかった。
(特にメーター裏、ハーネステープで保護してる個所は、それを解くのも面倒だった。)
そのかわり、油温センサーからの配線がエキパイに近くあやしかったので、キャブ側から回すことに。

そこが原因だったのか全然わかりませんが、配置換え以降2か月間、まったく問題なく動いてる。
針の踊りの方も完治した模様。
ヒューズ飛びの原因がはっきりせずすっきりとはしませんが、まあ良いでしょう。
配線自体も熱的に安心です。

2. レデューサー掃除。
設置したのが2013年で、それ以来初めて開けます。4年放置!

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意外とキレイ(?)で拍子抜けしました。
若干乳化してますが、ドロドロで詰まるなんて状況ではなかった。
腐食なども一切なし。
リードの具合も良好だし、Oリングもまだまだ柔軟。

レデューサーの効果については今更私が言うまでもないと思います。
良いモノだと思います。

3. 電動HVLPで塗装。
赤が合わず、二回塗りました。

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そして二度目もまた合わず。
今度は車用の塗装屋さんに依頼したのに、それでも合わない。切ないです。
ちなみに左一度目はビニールヒープでマスキング、右二度目は紙のマスキングテープ。
どちらも塗ったままの状態。

以前も書きましたが激安の電動HVLP、結構使えますが

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漏斗状の容器で粘度を調整する。これに塗料と溶剤だけあれば塗れます。
タンクの中の様子。一応参考までに各諸元(拡大します)。


それなりにネガもあります。
  1. 霧が荒い。
  2. ので塗料を結果沢山消費する。周囲の養生必須です。
  3. ので通常のマスキングテープでははみ出ました。(ビニールテープなら大丈夫だった。)
  4. 薄めに溶けばゆず肌も大したことはない。いずれにしても磨き前提です。
  5. タンク内で塗料が減っているのに気付かず空気を巻き込むと、酷いムラになります。
いずれにしても缶スプレーの方が手軽でかつ綺麗に塗れます。
コンプレッサーがあればもちろんガンの方が良いでしょう。

4. バルブ交換。
薄ら暗いヘッドライトをなんとかましにすべくLED化したのが2014年末、
アリババ超特急購入の格安LED/H4ですが、2年半経った今でも全く問題なく輝いてます。
電動ファンも含め意外と壊れないので満足です。夜もまずまず明るい

今回切れたのはハロゲンのイエローバルブです。
いわゆるハイワッテージタイプと言うのか、消費電力の割には明るいと謳われている。
100/90W相当との表記あり。
事実、結構明るかったと思います。

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実際はもっとレモンイエローに近い。

片目ハロゲンにしたのは、Hi/Lowの切り替えがLEDだけだと心許なかったからです。
(あと、耐久風に色違いにしたいというのもある。
幸いこちらでは今のところ車検もないし、ポリスもスルーです。これが問題になることはありません。)

高価な品でもないですし、また私は信号待ちで消す癖があるのでハロゲンのハイワッテージなら
2年半もてばまあ良いかな、という感じです。
ただ出先で切れることを思うとそれはよろしくないですね。
幸いLED側は無事、かつ昼間だったので恙はなし。ハロゲンは交換も楽です。

二灯に別のシステムを構築するのもリスクヘッジとして一手かなと思います。

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その他、以前蛇行について書いたものを回収してなかったので追記すると、
タイヤの圧を変えて色々試してみたけれど、結局良くわからなくなってしまった。
タイヤの個体差、当たりはずれ程度のことかと想像はするけれど不明です。ただ今の所大きな問題はでていません。

カウルの塗装が無事に済めば、少し遠出をしたい。
ただし、いつになるのかがわからない。

第4987色(土地の感じと彼の地の感じ)

土地の感じと言うが、此の地と彼の地は違うだろうと言う人々は(それも数多く)いるだろう。私もそれはそう思う。それは違うのだ。土の色が異なるし、木々の緑も違う。私達は伝統的に淡い色調を好むけれど、それでは物足りぬという人々は確かに存在する。

私は淡い色が好きだ。日本画の岩絵の具の色が好きだ。桜貝の淡い色味は、決して成就し得なかった若き日の恋物語などを重ねてみればそのまま涙を誘う程だ。青とも碧とも分かち難い浅葱の色をした涼やかな色調は、夏の日の想い出であり七月の夕べには入道雲がいずる。蚊遣りの豚に線香を入れねばならないが、それでなくば蚊帳を吊り、日が落ちてからは線香花火をするのも一興だ。若き頃は友や恋人と、老いてのちは孫とでもするが良い。

それらを否定することは我を失うことではないか。我彼を区別しないということは、誰でもないと言う事にしかならない。誰でもなくなることを屈託なく受け入れられる人などそうはいなかろう。

そのならいで言わば日の丸は清かで美しく、あの全き単純性には感服さえする。君が代の重厚さと荘厳さとはどうだろう。巷によくある軍歌由来の軽薄さ等問題にならないではないか。

しかし。

(深く比べもせずに)日本好きだと(特に大声で)言う人達には言問いてみたい。例えばアフリカは暑く土は赤く緑も濃い。インフラが整っていないから町はゴミだらけで水はけも悪い。安い米の導入でカロリーは摂れるようになってきたから食べられるが、味付けは化学調味料で(マギーブイヨンの類)濃いものの繊細なものではない。肉や魚は高いから、ときに蛋白源として芋虫を食す。それで?何か問題が?

彼らが国を離れたとして、それらすべてを懐かしく思い出さないなんてことがあるだろうか。具体的な現実問題は勿論ある。つまりどこにでもあるように。そうでなければ、風の匂いや土の感覚を懐かしく思い出さないなんてことがあるだろうか。母の言葉を思い出さぬなんてことがあるだろうか。幼少の頃より慣れ親しんだ味がたとえマギーの味であっても(それ自体は別の問題として論じて然るべきかも知れないが)、それを懐かしく思わないなんてことがあるだろうか。緑濃き暮れなずむ赤土のサッカーグラウンドで、泥だらけになりながら球が見えなくなるまで遊んでいたことを思わぬなんてことがあるだろうか。

ところで多くの留学生を見ていて気付くことは、到着した当初では「私の国ではこうするのに」と言う人の多いことだ。確かに良し悪しはどこにでもあるが、多くの場合それは其の人自身の現地社会への適応の難しさに由来しているのも明らかだ。言葉の不自由さが壁を分厚くする。中にはとりわけ出来る例外的な人もいて、見ていれば友人も多く発言力もあり、より自由なのがわかる。闇雲な批判は影をひそめ、もう少し公正な視点を持つようにもなる。私達のコミュニケーションは(今のところは)言葉を媒介にせざるを得ないので、その能力の多寡によってヒエラルキーが生じてしまうと言っても良い位だ。これはこれとして具体的な問題として対処するしかない。

そのようにして考えてみると、我々は同じようで異なり(とりわけ言葉が)、また違うようで同じと言うしかないのかも知れない。そしてそのどちらに重きを置くのかは(あくまで流動する)視点による。私とあなたは違うけれども、私とあなたは同じですと言うのは決して矛盾ではない。

追記(2017/08/03):「アフリカ」とひとまとめにし過ぎたきらいあり。反省。具体的には西アフリカのセネガルやブルキナファソの郊外あたりをイメージしていた。

キーワード:言語教育、アシミレーション、インテグレーション、同化政策(の是非)、バベルの塔。

第4988地中海(土地の感じとスナフキン的所有)

土地の感じ血縁と地縁」についてまだ結論を書いてなかった。ひとつには単純な結論なんかない、ということ。二つには、当初の予定では、勿論、血にこだわるよりは地の繋がりが人類にとって重要なオルタナティブではないか、と着地するつもりだったのに、書いているうちに結局は同じことではないかと思われてきたからだ。

そもそもこれらの語は日常で使うような語と言うよりは、例えば共和国的精神において誰に国籍を与えるのか、という意味において対比される概念だ。血統主義と出生地主義と言い換えても良い。平たく言えば、日本で生まれただけでは日本国籍を得ないのに対して、その地で生まれれば籍を与える国がある。だから、そのような意味合いにおいて議論する限りでは確かに俎上に載せるべきものだ。現実問題として決めねばならない。

ただ、人とは家族が大事で、そして次に隣人でとくるのは至極当たり前のことだ。いかに現在の世がグローバル化しつつあると言っても、生活の基盤が地域地域にあることにはほぼ変わりがない。交通手段の進化によって、その地域とは地理的にかなり拡大し程度こそ違えども、その原理には変わることがないだろう。さて、それをどの辺で区切り、どの程度まで混じらわせるのか。今や各地との交易なしには私達の世界は成り立たない。成り立たないが、それでも私達は知らず分断されている。あるいは自ら嬉々として独立を謳う。

先日、アフリカからのボート難民を押しとどめるべく、クラウドファンディングで船を仕立てて活動する欧州の若者たちのニュースを目にした。私も静かな住宅地にガヤガヤとよそ者に来て欲しいとは思わない。何と言ってもうるさいのは嫌いなのだ。それで当世風にネットで資金を募り、そんな活動を起こすなんて、なかなか現代的でもあるしそれになんて家族思いなんだろう。素晴らしい地域社会を作って、あるいは受け継ぎ、そして守る。立派なことだ。難民にとってさえ、危険な渡航をはなから諦めさせることができるなら、それも安全だ。

問題は、ひきつった冷笑を頬に貼り付かせずにそれを言えぬ私にあるのか。それとも地中海が悪いのか。海は確かに悪いだろう。イルカに乗った少年も所詮は金の塊に過ぎず、ツバメの力を借りずには自らを分け与えることなどできはしない。仮にできたところで、なにもかもが足りないだろう。冬は寒く、渡りの鳥は死んでしまう。ならばいっそ鋳つぶして無に帰させるか。おとぎ話と違うのは、そこに別に救いなんかないことだ。

とはいえ、少し希望を持つようにしようか。
宇宙に行こうとするのは良いことだろう。火星人がいたら是非家族になりたいと思う。これは決して冗談ではなく、私達には恐らくそんな「方向」しかない、ということだ。幸い、科学技術は進むしかない。いずれ本当にそんな日がくるだろう。技術の進歩は僅かずつでも私達を救うはずだ。
技術以外はどうだろう。私達の心はどうだろう。そんな曖昧な「方向」を、匂いと味のあるものに変えるのが「土地の感じ」だ。行って直に手にその地の赤い砂に触れてみるしかないだろう。

キーワード:血統主義、出生地主義、オスカー・ワイルド、ハッピープリンス、島の女、ジュリー・ロンドン、火星協会。

第二五五稿(これはパイプではない、喫煙銘柄2017年上半期まとめ)

2017年の上半期分の一覧です。

第二四〇稿(これはパイプではない、喫煙銘柄2016年下半期まとめ)

一年半が過ぎて本人はだいぶん慣れてきたようにも思います。
仏国の喫煙事情は、ニュートラルパッケージの導入以外には特に変わりなく、

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こういうの。これはフィリップ・モリスだが、他のも全部同じ。
これはこれでミリタリー調で良い、という人もいるだろう。
ちなみに売り上げは特に減ってはいないようだ。むしろ微増してるとルモンドあたりが言っていた。


葉自体の通販が禁止されていることもそのままです。
つまり各国に展開されている多種多様の煙草にまるでアクセスすることができず、
それは好奇心や日々の小さな喜びを大きく減じさせるわけですが、
逆に同じものをひたすら吸い続けるベテランの渋みには早く到達できるような気もします。
が、それが何になるの?と自問してみるのも良いでしょう。

ときに2040年以降、ガソリン車の販売を辞めさせるようなことを仏政府は言っています。
同じようなことを今度は英政府も言い出しました。
環境保護問題は色々と胡散臭い面が多く、またよりによって(現在の中東問題に大きな責任をもつ)この二国が
揃ってこんなことを言いだす時点で、(石油がらみの問題なのだし)個人的には嫌な予感しか持ちませんが

内燃エン機関ジンを愛する私としてはただ、
自らの年齢に鑑みてなんとか逃げ切れるのかな、とぼんやり思ったりする。
いま青春真っ盛り、車やバイクが楽しくて仕方ない、という若者はどうするのだろう。


人々のメンタリティを語るならば、ものすごく大雑把に言えば世界の人々はてんでバラバラで
一斉に禁煙したりガソリンを止めたりはなかなかしないのだけれど、
(もちろんガソリンの事はまだまだ未確定だ)
国としては国権でぎゅっと締め付けるのはやる時はやる感じで結構こわい。
そもそも権力が民衆から大きく乖離している国の方が多いのではないだろうか。
人権的にはましのはずのEUにしても税金も高いし、実はなかなか野蛮な文明のまま、という感じがします。

「文明が野蛮である」、というベタな撞着語法にたどり着いたところで
これもいつか消えゆくかもしれないスモーキングの「自然な文化」の有終の美をじわじわと飾ることにしましょうか。

【睦月】
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SG、ベストブラウンフレイク*2:
完全に常用になってきたので二つ買う。よくパイプスモーカーがどんどん積んでいく、と言うのがわかってくる。
残り一箱になるともう落ち着かないの心。
SG、セント・ジェームズフレイク:
ぺリック混じりの(私的には)酔う事が多くて敬遠していたもの。久しぶりに喫えばそうでもないような?酸味。
ASHTON、ギルティ・プレジャー(開封):
昨年末に購入して開けてなかったもの。いわゆる着香、アニス系の香りが強め。
Vaとバーレー、香りはヴァニラ/マンゴー/エキゾチックシトラスとある。
実は半年後の今でもまだ残っている。名称は文句なしに素晴らしい。
無粋な警告文シールのせいでよく見えないが、ラベルの絵柄がこの煙草のコンセプトを物語る。
つまりデート用と考えて良いのかも知れない。それがなくならないのは悲しいが現実。

【如月】
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SG、ベストブラウンフレイク:
残り一箱になると買う。
SG、チョコレートフレイク:
軽い気分転換にと。僅かにラタキアが香る。この箱は半年ほどなくならなかった。
Dunhill、フレイク:
ダンヒルのエステートパイプを入手したので買う。気分的な問題。多少高いので普段はあまり買わない感じ。
貰えるなら喜んで貰う感じ。箱が小さくて良い感じ。
外に持ち歩くならこれかも。

【彌生】
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SG、ベストブラウンフレイク*3:
残り二箱位になると買う。
SG、フルヴァージニアフレイク:
それよりもすこし少ない頻度で買う。
Dunhill、エリザベシアンミックスチャー:
いわゆるVaPerのダンヒル。SGのセント・ジェームズと比べると酸味よりも僅かに苦辛いスパイス感がある。
「胡椒」を感じるとのレビューが散見されるが、ズバリではなくぺリックのスパイス感を指してると個人的には思う。

【卯月】
キャャプチャ

SG、BBF2FVF:
もう何もいうことはない。
Dunhil、三年熟成ヴァージニア:
ヴァージニアでそしてダンヒル。
オリエントが等の記述も見かけましたが、あまりよくわかりません。
次はロイヤルヨットを買うでしょう。

【皐月】
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SG、例のヤツ
ダヴィドフ、フレイクメダリオンズ:

目玉風に巻いてある煙草。写真は失念。
VaPerで巻の中心にブラックキャベンディッシュとあった。ダンヒルのエリザベシアンにも近い感じ。
あるいはそれより若干柔らかな印象も。中心部の味が薄いからか。
目玉巻は詰めやすくて良い感じ。もう少し安価なら普段買ってもいいの感じ。

【水無月】
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アンフォラ:

久しぶりに購入。すぐ消費、しばらくは買わないだろう。懐が寂しくなったら買うだろう。
SG、BBFVF:
もう一緒くたに表記する。
ASHTON、ゴールドラッシュ:
アシュトンのVa、かすかにレモンと蜂蜜でアクセントとある。普通に良し。はちみつレモンは気分。

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例によって駆け足かつかなり浅い個人的感想のみですが、前回と比べるとスレた感じが否めません。
購入量も少ないですし、ヴァリエーションも然りです。
煙草の選択肢が少ないから諦めてグレ始めたのか。それでも入手できるものの一部しか試してないのも事実です。
むしろ人格的な問題かも知れません。

ラタキアものをほとんど吸わなくなりましたが、実は7月に入って久しぶりに二缶程購入。
なかなか旨いですが、家人にはやはり不評です。
彼女は文句は言わないのだけれど、黙って窓を開けられたりするのはちょっと怖い。

着香ものもほとんどやらず、ヴァージニア系が基本好きなようです。
いくつか試しましたがこれまた大雑把に言えばどれも好みです。
ヴァージニアだけでもいいのですが、ペリク混じりが亜種としてアクセントになるようです。
つまり時々欲しくなる。
Va系ではBBFを一番嗜んでますが、比較的低価格で私にとっては鉄板になってます。
甘さの中の僅かな青臭さが飽きさせない気がします。
これを基本にして、たまにもっと高価だったりレアだったりするものを
回せれば今のところは言うことはないようです。

パイプ自体は増えてませんし、一本売却さえしてしまったので(9mmフィルターのファウエン)
目下僅か五本で回していますが(ダンヒル*3、カステロ1、ラナトラ1)
毎日数ボウルずつ頂いているのには変わりなく、良くも悪くもニュースはなくなってきました。
オイルキュアリングが云々と言い出した以上、もう少し探求を続けるべくアシュトンを一つ得ようと思っていたのですが、気に入った色がなかなか見つからず頓挫している。
それで同じ煙草を結構ひたすらに吸って思うのは、(味に関しては、また持っている範囲では)私はパイプ毎の有意の差を認めませんが、それすらも(逆)バイアスがかかってそう思ってる可能性を否定しません。
思いこみこそが私達である、と平気で言えるようになってきた程には私達の科学は進歩してきましたので
どちらも正しく、実際それで良いのだと思います。
木も葉っぱも色々試せる環境になれば、それもまた大いに愉しくやっていくことでしょう。

第4989杯(シャンパン、あるいはシャンパーニュ=勝利の美酒)

もう先月のことになるけれど、とある取材の通訳の仕事を得たのでシャンパーニュ地方というところへ行ってきた。東へ150㎞程の場所でブドウ畑ばかりが広がる。だらだらといつまでも続く多少の丘陵はあっても大概は平たんな土地で、その先に山地が控えているわけではないことを除けば、果樹に適した扇状地などと風景としては良く似ている気がする。要は、緑みどりしたブドウ畑だ。今ではほとんどあの有名なシャンパンの産地としてのみ知られているだけの好田舎(今作った造語だ)であるけれど、ちょうど100年前は多くの兵隊の血を大量に飲み干した土地でもあった。
100年なんて短いようで長く、長いようで短い。古い写真なぞを見ているとなんだかぼやけて現実味もなく思えるけれど、もし仮にその場にいたらまったくそうではないだろう。今私がこの眼前に見ているのと寸分違わぬ鮮明さで、人々がむやみやたらと塹壕を掘り、そこへ何か月も潜りこみ、そして「祖国」のために死んでいくのが見れるだろう。(反発は買うだろうが)多少過激なこと(そして悲しい事実)を言うならば、兵隊なんて女子供を(それも身内に、つまり自らの属する社会や国家といったナニモノかに)質草にとられた愚か者でしかない。それでも「敵」に盗られるよりはまし、と覚悟して割り切れる程考えが進んでいたわけでもなかろう。

シャンパンとは要は発泡ワインだけれど正確さを期すならば似て異なる。モノが異なるというより、カテゴリー分けが権力によって厳密にされ、原料とその産地、製法、炭酸ガスの保有量などに至るまで法によって定められているという意味で異なるのだ。つまり、シャンパーニュという名称は囲い込みがされ、それ以外のものはそう呼ぶべからずとお触れがでている。そしてフランス国内で決まっているのみならいざ知らず、諸外国にもそれを強要する(要請と言うか忖度というかは単に主観的な問題だ)ことのできる位のものでもある。そうやって国を挙げてのブランド化を推し進めると同時に、「お祝いにはシャンパンがつきもの」いうイメージ戦略を国際的に見事に成功させた。シャンパンで乾杯する、というのは特に伝統的にそういうものだった訳でもないので(かつてはデザートと一緒に飲まれていた)、F1の表彰台あたり多大な貢献があったと言うべきなのだろう。ここ数十年で出荷量が倍倍の三倍位に激増しているというのだから、見事な快進撃だ。それで、塹壕に埋もれた彼らの爺さんや曽爺さん達も本懐を遂げたと思うだろうかどうかは、畢竟私などには知るところではない。

日本の土地ではまだそれほど知名度の高いわけではないとあるメゾンを、販売元であるビール会社が大々的に売り出すということで取材があったのだ。大手の広告代理店がらみでイベントやらなにやらを打つらしい。金はあるところにはある、という感じだ。そしてそんなイベントだから音楽家やダンサーがやってくる。メゾンの一家の居城にはフジタ嗣治の絵も飾ってあった。なんでも戦後、戦争協力をけちょんけちょんに批判され、やってられるかと日本を棄てたフジタがキリスト教徒にコンバートし、その洗礼式の際、メゾンの主が代父になった所縁があるらしい。芸術にはパトロンが必要なのだ。これらは皆、気の良い人々ではあった。
と同時に私は、「農民芸術」なんてナイーヴなことを言っていた賢治のことを多少は切なく思い出していた。大戦当時のプワリュ(Poilu、ひげ面・毛むくじゃら)と呼ばれていた兵隊さん達も、塹壕戦の暇な時には薬莢とナイフで彫刻などを作っていたそうだ。アール・ブリュット(Art Brut、ブリュット=生のままの)とか、ナイーヴ・アートなんて今ならカテゴリー分けされるのだろう。そしていつか必ず、忘れさられるのだろう。

キーワード:シャンパン、シャンパーニュ、AOC、第一次世界大戦、塹壕戦、塹壕工芸、シャンパーニュ・アルデンヌ、レオナール・フジタ、テタンジェ、サッポロビール、宮沢賢治。

第4990企業(人の集まりと国家リヴァイアサン、「人工」知能社会主義)

すっかり創造力が枯れてしまった。もっともそれがあったとしての話だが。もともとそんなものはなかったのかも知れないが、少なくともその意志はあったのだ。
思えば、中年になってから社会参画を強力に謳いだしたサルトルを持ちだすまでもなく、数少なくない作家・芸術家が年齢と共にその創造力の枯渇と歩を合わせるようにして政治的になっていくのも別に驚くには値しない。創造的な天才とはそもそも若さゆえになし得ることなのかも知れないし、故に夭折すればするほど良い。そうでなければ、どのようにして「ものの言いたさ」を担保すれば良いのだろう。革新的な創造力と言うのは殆ど若さと同等なのだ。年を取ると共に誰しも少しずつは社会・世界と自らは同化していくのであるし、何も新しいことなんか出てこなくなる。同時に、今までは他人事であった社会事がなにか特別に大事なことのように思われてくる。さまざまの不正や悲劇を見るにつけ、どうにも黙ってはいられなくなるものだ。家族・親族や身内や部下を思うあまりついうるさ型になってしまう世のお父さん連と結局同じという事だろうか。

若い頃は新聞なんか読まなかった。むしろ積極的に嫌っていたと言っていい。とりわけ政治面や社会面は唾棄の対象であったのだ。政治は馬鹿すぎるし社会は悲惨すぎて正視するに堪えないと思っていたのだ。見るたびに暗い気持ちになる。それで読むのをやめてしまった。それでとりあえず何事にも高見の見物を決めるノンポリとなることに成功したわけだが(なんてお手軽な成功だろう)、ついに中年になり人並みに政治を語らねばならぬという気持ちになり、そして改めて見てみれば状況はまったく変わらない。むしろ悪くなっているとしか思えない。嘘ばかりつく人達が連日ニュースを賑わせ、そして人々は二つや三つにわかれて罵倒しあってる。これは一体どうしたことだろう。

悪いのは、ある程度世界を見て回って、様々の不正や不公平をじかに知るにつけ、それを正さねばと思う以上にどうにもならない感が強いことだろうか。なにせ誰しもがその正義を抱えているのだ。どちらも悪くそしてどちらも正しい。私は(あくまで便宜的に)、強者を悪とし、権力を悪とし、とりわけ利益を追う大商人達をその根源であるとする傾向があるのを自覚しているけれど、実際に一人一人にあたって見れば、小物しかいないのも知っている。とある事故にて逆説的に世界中に名を馳せてしまった大企業の責任者を個人的に私は知っていた。友人の父君であったのだ。奥さんに隠れてガレージで煙草を吸う、囲碁の好きな気のよいお父さんであったのを良く覚えている。それ以上でも以下でもない。「責任」は免れるものとも思わないけれど、巨悪や極悪人なんて小説的概念とは程遠いのも確かだ。

もしかすると正しいという事が悪いのかも知れない。人間が悪いのかも知れない。ついには人の集まり自体が悪いのかも知れないと思う。

私は何事においても一人で行動するのが好きだから、うっかりとあまり気づかなかったのだけれど、人は一人では生きていけぬし、また集まるのが好きなものだ。そしてそれは確かに楽しく時に美しい。近頃、私は近所に同じ日本人の若者が住んでいることを偶然知り、その知己を得たのだが、日本語で他愛ない事をお喋りしているとそれはそれは楽しい。コミュニケーションにおいて楽でもあるし、何気ない冗談ややりとりが心地よい。二度程連れだって遊びに出たりもしたものだ。

同時にはたと気づくのが、連れだって楽しそうにしているとそれだけで他を排してしまう。見た目が異なり、そして何より言葉が通じぬからだ。小柄なアジア人が二人なら大したことはないだろうが、これが五人もいればそれだけで十分に圧力となるだろうことは想像に難くない。とは言え、集まるなとも言えないのだ。同朋で集まるのはなにしろ楽しく、楽でそして時には美しいのだから。

そして、そんな風に思えば何かもかもがなるようにしかならぬ。私は、技術の発展を待って、AIに世の中を任せればいいのではないかと夢見るようになってしまった。それでも映画マトリックスのようになるだけかも知れないが。さて、同朋のために戦いに出るとするか。キャプテン・ミフネはどこだろう。

キーワード:アンガージュマン、社会参画、投企、企業、人の集まり、共生、ホッブズ、マトリックス。

第二五四稿(GSX-R1100塗装、電動HVLP・電動スプレーガン、あるいは赤の悲しみ)

被追突事故でお尻を失って早三年半ほどたつ我二号機でありますが、ついに重い腰を上げて補修にとりかかりました。

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その間に色々と禅問答した経緯は次の通り:

1. すぐに直したいので地元のスズキにペイントの依頼をする。
2. 数か月たっても音沙汰ナシ → 連絡すると良いペインターがいない、今後も予定はないとのこと。
3. ペインターやアトリエは探せばなくはないが、あまりない。値段も高いし、時間もかかる。そもそも車の傷や凹みをいちいち直さない国民性なのだ。
4. 黒と白なら缶スプレーで自分で塗れるが、赤は色が合わないので無理。
5. それにどうせならシングルシートにしたい。

6. もともとお尻がでかいのが格好悪くも味の初期型だけど、なきゃないで
7. 走るのには困らないし、左右振り分けバッグを良く使うのでむしろ便利。

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よって放置になり、そしてついに三年が経過。
この頃は二人乗りもあまりしないのもあるし、そろそろいっそシングルシート化するか。

8. エアーテックのカウルを色々物色。トルネードレプリカもいいし、モリワキ型も捨てがたい。
9. でもタンデムすることもあるので、すぐに戻せないと困る。
10. ならやはり750Rのレプリカシングルシートか?
11. でもシート自体は廃盤だ。ノーマルシートの余りがあるのでぶった切って使えないだろうか?
12. しかし塗装はどっちにしろ赤が要る。いずれにしてもややこしい。

と逡巡していたとある時、レーサーのお尻に蛍光色が塗ってあるのを見る。
そう言えば、ルマンの赤に蛍光オレンジとか純正で塗ってあった。懐かしのカッコよさが脳裏でよみがえる。

DSCN4076.jpgBlue Moto Guzzi 850 Le Mans pic2

14. 黒白だけだと間抜けだが、そこに蛍光オレンジ入れて誤魔化せないだろうか?
15. ならとりあえずシングル化などややこしいのは一旦忘れ、塗装してみやう。
15. かつ余白はレタリングを施してカッコつける。この際、オリジナルの塗装は無視しよう。

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ところで、マシンに文字が書いてあるとなぜか格好いい病に罹患してる男子は多い気がするけれど
その理由は文化的なものなのか、それとも生得的なものなのかつい考えてしまう。
普通に考えれば、レーサーの広告などから刷り込まれるのではないかと思うのだけど、
私は子供の頃からガンプラなどで好きだった。
あれは勿論軍用機からの転用だけれど、当時ミリタリーおたく少年等であったわけではなく
むしろ軍のあれやこれやは全く知らなかったのだから、単に文化的刷り込みとも言えないのではないか?と自問している。
一種のミーム(文化遺伝子)のようなものなのかも知れない。

ともあれ、なぜかアメリカンなレタリングを施してみたのだが、
できの悪い(かつ根源的中二病を患った)スラッシュメタルバンドのロゴのようになってしまった。
案外これが私の本質なのかも知れない。

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予想に反して(当然とも言うが)、他の部分との整合性がなく
むしろそれを狙ったとは言え、まったく気に入らなかった。まったく気に入らない。

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16. 別イメージは無理。やはりオリジナル保全で行こう。
17. やっぱり赤が要る。 

結局ここに戻る。仕方がない。
プロに頼むより安ければ良いの精神で缶スプレーを買いまくる時がついにきたか。
GSX-Rのステッカーなんかもないから、マスキングは手切りでやってやる。

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18. 缶スプレーわずか4本で心が折れる。赤はやはり難しい。
19. 調色してくれるところはなくはないが、缶スプレーにはならない。
20. なら最悪刷毛塗りして、磨いてやるか。

手前味噌的ではあるけれど、このオプティミズムには我ながら感心してしまう。
本当に刷毛塗りするつもりですよこの人は。

21. そこで車の刷毛塗りの情報を探す。 → なにげにある。
22. するとそこで電動の簡易スプレーガンらしきものを発見する。

ガンで塗れれば勿論最高なのはわかっていたけれど、コンプレッサーやら設備が大変だと
思いこんでいた。(だから缶スプレーで塗っていた。)
慌てて調べてみれば、電動スプレーガン、電動HVLPなどと言って、少し前から出回っているっぽい。

※HVLP(High Volume Low Pressure)、大量の空気と低圧のスプレーガンと言ったところでしょうか。
圧が低いので大きなコンプレッサーが要らないとのことらしい。
廉価なものなら数千円くらいからある。こんなに安くて使えるのだろうか?


色々調べてみると、車用には問題外的な意見から意外と使えるまで様々の情報が出てくるけれど
缶スプレーで希望の色が入手できない以上、やってみるしかないでしょう。
もうあとには引けない。

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さっそく買ってきた。価格はなんと25ユーロ也、円にして3千円ほどだろうか。
どうもDIYの盛んなこちらでは結構メジャーなものらしく、もう少しパワーがあったり
タンクが別体になってたりとバリエーションも豊富。
私は例によってどうせならと最廉価のものを購入。
パッケージや取説の昭和感が結構すごい。
こっちのお父さん達はどうやらこれで連綿と家の壁や柵を塗り続けてきたらしいのがわかるというものだ。

粘度を調節するための容器がついてくるので
適当に薄め、あとは吹くだけ。
吐出量を調整するつまみだけがついており、スイッチはon/offのみ。
かなり原始的な感じ。

感覚としては、圧が低いので缶スプレーなどとは全然異なり、大袈裟に言うなら水道ホースをぎゅっとつぶして庭に水を撒いてるかのごとし。
それでも粘度をうまく調整し、かつ距離や動きをうまくすれば結構均一には吹けると思います。

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霧が荒いので当然ある程度ゆず肌になるわけですが、磨き前提でやるのなら全く問題ない気もします。
粘度を落としたり、リターダー(ぼかし剤、乾燥を遅らせる)を加えたりすれば、そのゆず肌自体もかなりましになるかも知れません。
今回、小さいパーツを塗るだけなので磨きも苦になりませんが、広い面積をやるのはそれなりに面倒でしょう。
メタリックや二液式のウレタン系には向かない可能性があります。

その他、
  • 騒音が結構ある。
  • 缶スプレーのようにポイ捨てできない。
  • 電源が必要。
  • 準備やら掃除とかが手間、塗料扱うのであちこち汚れる。
等のネガも。
【結論としては、希望の色が缶スプレーであるのなら、バイクの塗装くらいならばスプレーで十分だという気はします。】


ただ、色がないのですよね色が。
※調色して缶スプレーにしてくれるお店は遥か彼方の神奈川県にはあるようです。

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大がかりな機械で測定して調色してもらった結果がこれですよ。
(そもそもオートバックスでスプレー買えとなかなか引き受けてくれなかった。)
これでようやく直せると歓喜していたのに

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わたくしはとても落胆し、かなしみのあまりあくたいをついていたら、


友人には

「市内で走れないバイクにそこまでするかごくろうなこった」

とバカにされ、つまには

「そんなに要求するなら日本で買えば?」

と突き放され、お店ではうるさがられそして誰も助けてくれずついにこのままハゲるのではないかと思ふ。


(続きます。)
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第4991ルペン(あるいはメロンションと大島渚)

大統領選挙があったり、極右政党(と言われている)のルペンが大奮闘したり、長年政権を預かってきた二大党が共に惨敗したり、極左のメロンションが大島渚に極似だったりして(もっとも彼は討論中にバカヤロウ!とは叫ばないが)、ここのところあまり気持ちは落ち着きがなかった。個人的には与党社会党はむしろ大島渚を立て、左派で共闘すれば良かったんじゃないか、等とそれこそバカなことを考えたりもしたけれど、主義主張が異なるのだからなかなかそうもいくまい。とはいえ、どことどこと組んで頭数を増やすか、というのは実際に政権をとる上で欠かせない要素なのだから、政治とは実にバカヤロウなことだと思わざるを得ない。むしろそれこそが政治だと言っても大きく外れてなどはないだろう。

ところで世の中を見れば、左翼党のメロンションが実は大島渚の影武者(生まれ変わり)である、ということに気づく人はあまりいないようで、もっぱらルペン女史と若きマクロンの対決に話題は集中していたようだ。とりわけマクロンはその若さと美貌で、またそれに加え大幅に年上の妻がいるというゴシップ的要素を加え、私も一次投票当初から勝つのは彼だろうと思っていた。同時に、極右と名指しで学識界だけでなく政財界からも総攻撃を喰らっていたマリーヌを見るにつけ、天邪鬼かつ判官びいきの私は(加えて熟女好きの私は)むしろそれ行け!とばかりの気持ちになっていたことを「自白」せねばならない。

なぜ白状せねばならないのか。それは国民戦線の支持者はレイシストのレッテルを貼られているからだ。オヤジ殿が筋金入りの右翼の大将でそれが起源なのだから、当たり前と言えば当たり前だが、実際には娘のマリーヌはそれを追っ払いイメージ向上に努め、政策レベルでも必ずしも極右とは言い難い。にも関わらず、(原理主義の)イスラムを敵視し(「不法」の)移民を排斥し、という部分は良くも悪くもブレないのだから、一般に「良識」のある人々から拒絶反応を受けるのは致し方ない。手元に彼女の二次投票用のブローシャーがあるが、その部分を読めばやはり私も眉をひそめてしまう。

実は、本来は、そんなに異民族・異文化が嫌なら自分たちだけでやってみせろ、位の捨て台詞的反発心(+判官びいき、+下衆な野次馬根性など)からルペンに着目していた。そもそも、純フランス人なんて言う概念が気に喰わないし、どこで切り分けると言うのか。できるんならやってみれば?といった感じだ。学校へ長々と通い、ある程度世界をまわってきた私のような人間の多くは、枝葉の違いはあるとは言え大概は左派になるもので、その意味でもルペンを嫌いこそすれ応援するような筋合はない。そもそもこの私自身が異民族だ。だから、初の女性大統領になるかもしれないということ以外に価値はない、位の反応をするのが普通だろう。

でも、私は自分自身の感覚として知ってしまった。弱い人間は、「よそ者」が怖いのだ。理解しろ、と言うのは容易いが、その能力があるかどうかはまた別の話なのだ。アンチ・レイシズムと言えば聞こえは良いが、実際には多くの人達はハードコアの人種差別者と言う訳ではない。コチコチのレイシストなんて本当はどこにもいない。ただ、「自分たち」と異なる人々、異なる文化・宗教、とりわけ言語が通じぬという事実によって、自他を区別しないわけにはいかず、そしてそこにストレスがかかれば嫌いにもなっていく。例えばもし仮に即席のプチ・レイシストを作りたい等と思うなら(作りたい理由はわからぬが)、誰であれ混雑する移民局の受付でもやらせれば簡単にできあがるだろう。全てを受け入れる訳には無論行かず、よって書類は煩雑を極め、それに対応できぬ人々はいつでも大挙して押し寄せ、時に口汚くののしってくる。文句を言いたい気持ちはわかるけれど、言われ続ける側も辛かろう。

だから、最終的には私の態度はこの短い大統領選のキャンペーン中の間だけでも変化していった。(恐らく無知と経験の不足によって)よそ者がなんとなく怖い人達(つまり実は私達全員だ)の気持ちを考えずにはいつまでも解はないだろうと思う。

キーワード:フランス大統領選2017、国民戦線、ルペン、極右、レイシズム、朝までナメてれば。

第二五三稿(免許点数に関する「知恵」について)

渡仏当初は渡航直前に運転免許試験場へ行って国際免許を作ってもらったものの、有効期限は一年のみであるし、なにやら法律関連の文書にあたってみれば、お国の免許+法定翻訳で運転できないこともないとの由。そもそも学生の身分であったので、書き換えができずそれ以外に方法がなかったのだけれども、本当にそれで良かったのかどうかはあまりわからない。一度、進入禁止の場所を張っていたパトカーに見事に捕まって(日本の警察みたいだ、普通は殆ど待ち伏せなどしてない)、叱られたけれど、書類はなんだかわけがわからないというような感じで結局見逃してくれた。外国人ならではと想像する。いずれにしても、後にスピード違反取締のレーダーの洗礼を受けるに至っても、免許の点が関係ない、という事実は大変ありがたいことだった。

もしかすると関係はなくはないのかも知れない。けれど、そもそも免許システムが異なるし(違反の点も日本は加点式で、仏では減点式)、連動させて適用なんてしてるはずがない。連動させるシステムを構築すること自体は可能だろうけれど、手間暇をかけて敢えてする必要も今のところはないだろう。

罰金に関しては、車両登録の関係で住所も氏名も当局に押さえられているのだから、素直に支払ったほうが良い。ただしこれも、長居する気がないのなら、国へ帰ってしまえば立ち消えになるのではないかと思われる。もちろん、「市民」としての務めを果たさねば、と「良心」を働かすこともできるけれど、本音を言えば保身のためだ。そもそもどこの「市民」かと問わねばならない。そして感じることはどちらかと言えば、異なるシステムを比べ、そしてその間を行き来してみれば、そういった社会の枠組みというものも所詮は作られたものだと実感せずにはいられない。一時的とは言い切れない程は積み重ねられて重みがあるけれど、かといって恒久的なものでもないことも確かだ。

だから、うっかりレーダーを光らせて、「ウヒョー、減点なしだぜ!」等とヘルメットの中で叫ぶ位には自由を感じることはできても、二週間後には自宅に罰金払ってね封書が届いて肩を落とすことになると、その自由の二義性になんとなく落ち着かない気持ちにはなる。究極的にはどちらの側につくのか、という問題なのかも知れないが、それを突き詰めすぎれば原理的になってしまう。立派な人ばかりの社会であれば、その良い市民でいることに吝かではないけれど、まあそんなことはない。そもそも私も立派ではない。

その後最終的には日本の免許を差し出し、こちらの免許に書き換えたので、今ではすっかり点に支配される運転になってしまった。持ち点15点で始めるのだけど、早速14点だ。良いペースじゃないか。とは言え、実際には二年程で一点減点なので、まだまだ生き延びられると思う。基本優良運転の私だから、いずれ点も回復するだろう。

12点の間違い。日本のシステムと混乱してしまった。(2017/04/30追記)

ちなみにレーダーの直前には(一応)必ず警告のパネルが設置されているのだけれど、2011年の閣僚間決議によって取り除かれることになっていた。必ずしも良く見えるようになんか設置されてなかったから見逃すこともあるけれど、それはないよりはあった方が(少なくとも個人の財布には)いい。取り締まりたい側としては抜き打ちにしなければ面白くないわけで、だからそんなことになったのだが、反発が多大で結局二年後にまた設置するということになった。今のところは設置されている。ただレーダー自体も移動式になったり、特定区間の平均速度を検出したり、新型の覆面パトカーを導入したりとイタチごっこは進化をやめない。罰金はとればとる程良い歳入になるのだから、進化させない理由もないのだ。そして基本的に伝統的に、ライダーとポリスは良き(?)ライバルなのだ。

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「さて、奴さんがエンジンオシャカにする前に4速に入れるか」
(青のBMWは交通憲兵の車両。R1100RTか。)


ところで先日、古い車両の交通規制が布かれてから初めて市内へ突入した。またしても罰金を喰らうのは嫌なので、控えていたのだけれど大使館に用事があって仕方なかった。地下鉄などで行く気にはならない。そこまで良き市民意識も持っていないのだ。とは言え事前に、

「そんなの誰も守ってない」
「どうやって検問するんだ」
「オレのは新型だけど(許可を示す)ラベルも貼ってないよ」
「私も初めは様子見てたけど皆乗ってるからいいかなって」

等々聞いていた。そもそも二輪連盟は、無視するよう呼び掛けてるし、いくら市の決定に反対の立場とは言え、それなりに公共性のある連盟がそんな事言っていいのか?と思うのが日本的感覚だろう。でも、それが事実なのだ。

私のデビル管はかなり「イイ」音が出るし、80年代耐久レーサー風の赤いフルカウルは否が応でも目立つから、心配ではあったけれど仰せに従い、市の規制は無視して乗りこんだ。結果、周りを見渡せば確かに古そうなスクーターやバイクは走ってた。つい、

「へへっお前のも古いな」
「まあな、そっちもイカスねヴィンテージ」

とか脳内で妄想してしまう。大統領選挙のからみで、あちこちに警察はいるのだが、確かに古い車両などに構ってる様子は一切なかった。対テロ警戒の方が目下の任務だろう。私もしばらく走ればもうそういうことかと得心がいって、もうつまらぬ心配などはしなくなっていた。むしろ久しぶりに走った環状道路の「車線間走行」の方が、心臓にピリピリくる。

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「通れる、通れる」
「180!こいつらバカか?」
「俺たち全員死ぬぞ!」


もちろん実際には180kmhなんかで走りはしないけど、相変わらず私はどのライダーにもついていけなかった。(渋滞の中)60キロ位で流してるのだとは思う。それでも私にとっては本能が拒絶するスピードだ。古いインフラの環状道路、渋滞の車線間の隙間なんてたいしてないのだ。二車線しかない首都高の方がよほど広い。
車線変更してくる車がいるから、下手に前のライダーと間をあけない方が良い、というのは理屈ではわかるけれど、そして努力もするのだが、やはり後ろからくるライダーに譲りながら譲りながらの走行となった。恐怖心の閾値が違うんじゃないだろうか。

ときに、一年前に免許を取ったばかりのピエールが、免許の点があと1点しかないと先日聞いてびっくりしたが、そう考えるとやはりそうなのかも知れない。15点中14点12点中11点を既に失ったとはなんて豪気なんだ!と感嘆したのだが、よくよく話を聞いてみると実は違うらしい。

15点中15点12点中12点、きっちり失くしたのを1点買ってしのいだと言う。

わけがわからなかったのだけど、こういうことだ。レーダーで違反をとられた場合、後日例の罰金はらってね通知が来るわけだが、その際に「違反を認めません」というオプションも一緒についてくる。確かに私の時もそうだった。そしてその場合、理由を記載せねばならないのだけど、中に「人に貸してた」という選択肢がある。それを選ぶ際に誰に貸していたのか記載する欄がある。

そうつまり、(点は買えなくもないのである。)相場もある程度あるらしい。点2万円と言ったところだろうか。こういうことを言うと、いわゆる「良識のある市民」の人々は眉をひそめるかも知れない。でも、繰り返すようだけれど、ある社会において何が正統で何が違反なのかは自明のこととして決まっているわけではないのだ。少なくともその決定に対して、従うかそうでないかは自分の意志で決めることができる。そもそも決定に対して意見することもできるのが筋だ。また一度決まったことには従え、と強制することも状況によっては横暴に過ぎることも少なくない。人種や文化・宗教が均一でない社会においては尚更だ。多数決が必ずしも善であるとは言えないのだから。

だから、こんなふうにある意味グレイな選択をして事なきを得るのも、一つの方便であり市民の生きる知恵の範疇でもあると私は考えるに至った。もちろん私が警察官であれば文句をいうだろう。でも私はその立場ではないし、また現状の国家というものが必ずしも絶対善などでは決してないことを思えば、これはかわいいチャッカリだと思うほどだ。片や免許を失わず、片やポケットマネーを得、そして国家に罰金自体はきちんと支払われる。いずれにしてもこの件では、目を開かれる思いがしたものだ。別に人に勧めるものでもないが、むしろ目配せをするような類のことで、そして「考え方」の訓練であるとは言ってもいいと思う。

第4992自己批判(と逆「総括」)

機体にもヘルメットにもつけた日の丸、とりわけサイドカウルに貼り付けたのは、いかにも戦闘機然としていて「走る」時には「強くなった」ように思わせるものだった。渋滞ばかりの環状で車線間走行を強いられる時、日が落ちて視界も悪くそして寒く、冬は殆ど晴れ間もなくすべては灰色でカナシク、そんな時、かつての戦闘機乗りについ思いを馳せたりする。私は独りスタンドプレイをしているけれど、本当はこれこれのバックグラウンドがあり、歴史と伝統があり、いざとなれば友軍がくるはずだ。その暁には「チーム」の証をつけていなければならない。ここまでベタな妄想はしないまでも、異国の地で走る日の丸は、単純にカッコよく見えていたことは確かだ。

思えば、軍服もカッコよく見えるようにもなっていたし、これはやはり変化なのだろうと思う。変節とまではいかない。信条が変わったわけではないから。それに私が好きだったのは実は鳥肌実とかで、これはむしろカリカチュアとさえも言えない単なるパロディだろう。ただ、どこで線引きができるのかはよくわからない。恐らくご本人にもわからないのではないだろうか。その他、オーケン(筋肉少女帯)の特攻服とか、なんでも漢字であてるヤンキー文字とか。妙に惹かれてしまう。もっともこれらは単に個人的嗜好の範疇に過ぎないが、良く考えてみれば気取って変な横文字ばかりをつかう人々に反感があるのだろうと思う。

とは言え、この私だって見る人が見ればそう思われるのではないか。現に「西洋」に住まい「西洋語」を話し、家人も「西洋人」で、仮にそれだけの理由で気取ってると反感を抱かれたとしても驚きはしない。なぜならばそれはそういうものだからだ。つまり、明治以降、西洋から受けた影響とは決して軽んじられない程の量であり、今でも脈々と続く無用のヒエラルキーの形成にも多大に寄与している。そして普通に科学や哲学を学ぼうものなら、特に意識をせずとも即座にその影響の下に身を置くことになるし(本邦の哲学はわざわざ東洋哲学と言わねばならない)、むしろ意識をしないと言う事は無批判にそれを受け継ぎまた強化していくことに他ならない。

だからこれは、当時風の言い方をするならば「階級間闘争」の問題に属することなのかもしれない。私は横文字ばかりを深い考えもなくやたらと濫用するのが気に喰わず、またそんな私も所詮は力仕事などしない読書階級に過ぎないと煙たがられる。

ただ、そんな立場の違いとはいつでもあくまで相対的なのであって、仮に私が日の丸を付けていたのは有限期間だけで実は一年もしないうちに居心地が悪くなり剥がしてしまった、と言ったところで、本来左の人達は私の心の弱さを攻撃し自己批判を求めるかもしれないし、逆に日の丸の好きな人たちには売国奴呼ばわりされるかも知れない。つまり静的な座標上で何処かに定位されるにせよ、それは見る側によって無論左右する。そして私自身がどういう立場でどこに定位されるにせよ、それは大した問題ではないのだが、大事なことはそんな信条さえ心情によっていかようにも変化するということ自体にある。動的に、通時的に変化しうるという事が大事なのだ。

そしてもう一つの事は、わかりやすく言ってしまえば「弱い」人達には国家や伝統が必要なのだ、ということでもあるけれど、それを他所から批判しても恐らくほとんど何の役にも立たないことだろう。いやむしろ、役に立たない、と言うのはそれが悪だとの前提を下敷きにしている。むしろ、何が悪いの?と言われるだけのことではあるだろう。必要なのは、多分、実は、いや悪くないですよ?と答えることなのかも知れない。特攻服、カッコいいですもんねと。私の日の丸をつけたマシンも、少なくともその環境と条件の下ではカッコよかったのだ。

キーワード:日の丸、ナショナリズム、特攻服、自己批判、総括、売国奴、善悪の彼岸。

第4993日の丸(土地の感じ)

それでバイク乗りとは自由を愛するリベラルな人種であると、若い頃は自然と思っていたから、とある時「白バイかっけー」と殆ど憧憬の眼差しをしながら言うライダーを見て心底驚いたことがあった。映画イージーライダーあたりを見て無頼派を気取るのが「通」で、また「筋」でもあったから、反権力は当然のこととして、既成の概念や社会構造に少なくとも何らかの疑いを挟むのがライダーたるものだと思っていたわけだ。正確に言えば思っていた、というより存在自体に本質的に含意されてるものと信じて疑ってなかった。

(ちなみにイージーライダーを通じて世界中の若者が憧れたハーレー、欧州車次いで日本車の攻勢によって経営が悪化し倒産寸前までいったが、その後米国のてこ入れもあって見事に復活を果たした。高率の関税で保護されるような「国家のシンボル的企業」になった時点で、私などは何が自由のシンボルだ等とまた青臭いことを思ったものだが、実際ハーレーを好む人達は世界のどこでも小金持ちのオヤジ衆が鉄板で、言わば草の根のプチナショナリズムを底支えするような層になったことは皮肉にも的を得ているように思われる。)

もっとも、かつての私の言う所の「反権力」なんて、スピード出し過ぎたら白バイにお縄になってむかつく、位の浅薄な意味合いしかなかったのかも知れない。とは言え、いずれにしても、ライダーでありながら白バイに憧れる、と言うのは世間知らずであった当時の私にとってはまさに青天の霹靂であり、そして理解を超え、最終的には侮蔑の対象となった。確かにその彼は、上にへつらい下には威張るというタイプのどちらかと言えば(私には)好感を持ちにくい男ではあった。

ところが、こんな私が自車に日の丸を付ける、と言う事があった。人は時と場合によってこうも変わるものかと思う。ちょうど2011年の震災があった後のことで、私はひとり他国におり、古ぼけたスズキに乗り、つまり寄る辺がなかったという事なのだと思う。当時所属していた大学機関が日本の震災に関して公式に集いを催してくれたのだが、日本人は私を含め三人しかおらず、いずれも初対面、かつこれといって話が弾むわけでもない。人々は口々にお悔やみを言ってくれるが私には何もできず、要は悲しくも孤独であった。道を行くにしても、私には頭のネジが飛んでるようにしか見えぬ無頓着さで車の列に突っ込んでいくこの地のライダー達はとても同朋とも思えず、むしろ同じ人類とさえ思えず、従って一度たりともそれについていくこともできず、文字通り孤軍命を張り、このままでは何時かついに異国の地に客死するかも知れぬと思えたのだ。だから、日の丸の小さなステッカーを作り、GSXRのサイドカウルに貼り付けてみればそれはあたかも戦闘機のようで美しかった。ヘルメットにも貼ったのだ。

キーワード:イージーライダー、ハーレーダビッドソン、反権力、ナショナリズム、血縁と地縁。

第4994サッカーと野球(侍ジャパンとは)

2017年の春、教育勅語がどうとか、WBCで侍ジャパンがどうとかで世間が姦しいけれど、私としてはなぜ「侍」に「ジャパン」が容易にくっつくのかの方に興味がある。パン屋を和菓子屋に置き換えたい人々が実際にいることに結構新鮮な驚きを禁じ得ないのに、侍にジャパンはなかなか剣呑ではないのか。暴論を承知で言うのなら、アメリカが大好きな右翼と言うのは存在するので、まあ似たようなものかも知れないと思ったりもする。

レッテル貼りについて多少の考察をしてきたけれど、野球はもちろんズバリ右側のスポーツだ。そしてその起源はベース・ボールなのだから、伝統がどうとか起源がどうとかはいつでも恣意的に選ばれてることも自明のことだろう。ところで、Jリーグというものが誕生した時以来(ここでもまたジャパンだ、彼らはジャパンジャパンと言うのが好きらしい。嗚呼クールジャパン万歳。)、国内的に見ればJリーガーとは長髪に茶髪がなにげにスタンダードだったから、明らかに野球選手とは趣を異にしていた。つまり、伝統的な(?)区分に従えば、ラフなスタイルに長髪やヒゲの選手たちはリベラルな側を体現していた。新しくて若く自由な雰囲気と言うわけだ。

ところがサッカーは国際的なものだから、対外的にはそれこそジャパン一色に染まる。左側に位置していたものがいとも簡単に正反対にシフトする。そしてワールドカップが開催される四年に一度、それは頂点に達する。色とりどりのバナーが咲き乱れ人々は熱狂するのだ。かつて誰かが言っていたことだが、ヨーロッパのサッカーファンが羨ましいと。互いにナショナリズム全開で応援しまくるけれど、各々がそれなりに強国で、それが故に後ろめたい想いから自由であるように見えるとのことだった。

私が中高の頃、年に一度体育祭と言うのがあって一学年四クラス、クラス対抗で盛り上がったのを思い出す。学力別のクラス等ではなかったから、その間にヒエラルキーなどは存在せず、確かに純粋に競争を愉しむかごときの様相を呈していた。きっとそういうことが言いたかったのだろう。なにしろ人々は競争が大好物なのだから。

ところで実際には話はそう簡単ではない。私の現在いるここ仏国では、アルジェリア戦などある夜には相当嫌な思いをしてしまう。勝っても負けても困るのだ。勝てば赤緑に三日月を染めぬいた国旗を掲げ、クラクションを鳴らしながら街を練り走る彼らはいかにも騒々しく、またそれを苦々しく思う仏人達の気持ちが伝染するし、負ければ負けたでザマアミロと内心思っている人々の気持ちが逆に心を蝕んでくる。いずれにしても「人類愛」なんて高尚なものとは程遠く、いかにも疲れてしまう。つい深刻になってしまう位のものだ。

恐らく、私達の本質なのだろう。部族部族にわかれて戦うのは。そしてその頸木から逃れるのは本当に困難だ。侍ジャパンなんてごった煮を言いながら無邪気に盛り上がれる人々を、かわいいものだと思える位には世界が発達するのを待つしかないのかも知れない。軽く千年位かかるだろうが、希望はないわけではない。各地がネットで繋がり鮮明なイメージを共有できつつあることの意義が今後問われるだろう。

キーワード:野球、サッカー、ワールドカップ、ナショナリズム、移民、情報インフラ。

第4995ラベル(レッテルの貼り換えと細分化)

レッテルを貼る、とは通常悪い意味で言われる。でも、正確に言うならば、それが悪くなる時と場合があると言うことだろう。例えば以前、女性はこうだから…と言いがちであった私は、他の人と一緒にしないでとやんわり窘められたことがあった。つまり、こう、の内容がいかに的を得ていようと、それとは無関係に人を傷つけ得るということを知った。一纏めにすること自体に問題があったというわけだ。また此方側にしても、若い時分、あなたは他の男とは違うわ、なんて言われて舞い上がったようなこともあるけれど、今はむしろ、別に他の男子と同じで中身はエロくて分別がないただのオスなのだから、あまり買いかぶらないでくれなんて思う。この場合、どうぞ「男」というレッテルを私に貼りそして理解して欲しいと思ったのだ。(一種の言い訳がしたかっただけかも知れない。)

立場の強い弱いは大いに関係するだろう。立場が強ければ別にレッテルを貼られても大してこたえはしない。昔、「大砲王」などと陰口を叩かれながらその実本人はまんざらでもなく思っていたクルップ社の当主のように「賞賛」にさえなる。だから、レッテル貼り=悪とは言い難い。そもそも、人間は良く知らぬものに対しては、レッテルを貼らずには理解できない、という仕組みがあるからだ。

例えば「アメリカ人の知り合い」ができたとしよう。でもいずれ、彼がジョンという名であることを知り、出身が何処であると知り、何を食べ何を好み何を信じるか知るにつけ、それは「アメリカ人のジョン」に変わり、そして終にはただの「ジョン」になっていく。(国籍が大きな意味を持つ現代では)多くの場合、初めは、「アメリカ人」という【便宜的な】フレームで理解せざるを得ないから、それに従い様々の思いこみも同時に脳に入れることとなる。でも理解が進めば私達はもう少しだけ自由になれる。

レッテル貼りは避けられない。ただ貼り換えがきく。ラベルの大きさも自由だ。むしろ常に貼り換え、ラベル自体を整理し続けることが(人類、あるいは自分自身の進歩のため)必要なものだ。そう理解することが大事なのだと思う。

キーワード:先入観、国籍、偏見、分析フレームの可動性。